
レース鳩事情 今昔 (04/5/9UP)
レース鳩(伝書鳩のこと)のレースというものがある。
レース鳩の飼い主達が、各々自分の鳩を持ちよって、集まった鳩を何百キロと離れた場所まで運び、一斉に鳩を放して、誰の鳩が各々の自宅まで早く帰れるかタイムを競うといったレースだ。
世間一般では、こういうジャンルがあるってこと自体、知らないという人が多いんじゃなかろうか。
伝書鳩のことをレース鳩と呼ぶようになって結構な年月が経ってるだろうが、まだまだ伝書鳩といった方が通りが良いようにも思う。
といって、ボクは別に鳩が好きなわけでも、鳩のレースに思い入れがあるわけでもない。だけど、このジャンルの名を耳にするとき、ある特定の世代の、ある特定の人達にとっては特別な意味を感じてしまう。
そう。飯森広一氏の「レース鳩0777(アラシ)」を読んで育った人間にとって、鳩のレースと聞かされると、特別な感慨を持ってしまうのだ。
ボクは、以前仕事でとある業者さんに同行させていただいた時、鳩を趣味にしているという話を聞いて、いろいろと現在のレース鳩をとりまく事情を教えていただいた。
レース鳩アラシでは、非情に詳細にレース鳩について示してくれたが、すでにこの時代からもう20年以上すぎている。レース鳩の事情もずいぶんと様変わりしているようだ。
この時聞かせてもらったお話が面白かったので、ここに紹介しようと思います。
ちなみに、取材とかして、裏とってるわけじゃありませんので、真偽の程は確実じゃありません。あしからず。
土浦AD様ありがとうございました
鳩レースは金持ちの道楽!?
本格的にレースに入れ込んで勝つことを目指しだすと、相当な数の鳩を揃えなければならないため、かなりお金がかかるという。
しかも、優秀な血統の鳩となると、数百万円から場合によってはン千万円といった値がつくらしい。
作中でも、グレートピジョンの血を引くアラシは本来なら何百万円もする、といっていた。
でもレースに出さずに、ただレース鳩を飼うだけなら、そんなにお金はかからないそうで、安いヒナなら数千円から買える。森山くんみたいに中学生でも充分趣味にできるそうだ。実際そうした飼い主も多いとのこと。
日本におけるレース鳩ユーザーは約2万人程度。
思ったとおりの規模というか、ファンが少ないマイナーな趣味というのは、昔からそう変わってないみたいだ。
鳩レースは日本より外国で盛ん。
ヨーロッパやアメリカでは、日本よりずっと鳩レースがさかんのようで、アジアでは特に台湾で大人気らしく、レースには多額の賞金がかけられるという。
ただし、話を聞いた限りでは、どうもスポンサーが賞金を出資するんじゃなくて、出場者同士が金を出し合って、勝者が賞金をとるといった風に感じられた。この辺の細かいことは、ちょっとよくわからない。
ちなみに、作中でも示されていたとおり、日本の鳩レースには賞金がかかっていない。
日本の鳩レースは鳩の品評会!?
日本の鳩レースでなぜ賞金がかかってないか? 作中では、その理由として、日本の愛鳩家(あいきゅうか)※は、お金のためではなく純粋に鳩を愛しているからだ、とフォローしていた。
しかし実態はそこまで綺麗じゃなくて、どうやら金が掛ってない代わりにレースという名の品評会といった趣きがあるらしい。
大きなレースに勝てば、その鳩を交配させてヒナを売りさばく。そのヒナは一羽につき数百万円だから、かなりの商売になるらしい。
※作中では、飼い主と呼ばずに愛鳩家という言い方をしていた。
長距離レースの生還率は1〜2%以下!?
レース鳩アラシでは、一人の飼い主が一羽の鳩をメインに飼うという図式に物語を純粋化しているから、ボクは成績はともかくとして生還してくるのが普通だと思ってた。実際の長距離レースはマンガ以上に過酷なものらしい。
鳩レースに金がかかるといったのは、この生還率の低さが最も大きい理由で、なにしろ、トップブリーダーはレースに50羽から100羽をエントリーするんだそうな。それで、そのうちの1,2羽が生還してくればいい方で、多くの鳩は二度と戻ってこないのだという。
ちなみに、レースの参加費が一羽につき2000円。
だから100羽もエントリーしたら、その参加費だけで20万円もかかる。さらには帰還できなかった鳩の損失を考えると、その損害は莫大で、やっぱり金持ちにしか出来ない趣味なんだろう。
鳩レースがマイナーである理由には、もしかしてこのへんの事情が影響しているかもしれない。
鳩の足輪にはバーコード!
レースの記録をつけるのに、ピジョンタイマーはもう要らない!?
レース鳩をレースに出場させるには、日本レース鳩協会に申し込みをして登録を行う必要がある。
そして、登録がすむと協会から足輪が支給される。
レース鳩に足輪をつける目的は二つあって、一つは、野生の鳩かそうでないか区別をつけるためというのと、もう一つは、レースの記録を刻印するためにある。
かつてレース鳩アラシの時代では、レースの時は飼い主が自宅に待機していて、鳩が帰還したら、その鳩がはめている足輪を外してピジョンタイマーという専用の時計に差し入れることで、レースの記録をとっていた。
現在では、足輪にバーコードがついていて、鳩が帰還すれば、鳩舎に設置した機器が勝手にバーコードを読み取って、自動的に記録をとってくれるのだという。
つまり、現在では飼い主はレースの時に自宅で待機している必要がなくなったというわけだ。
レース鳩アラシの時代では、記録をとるために飼い主は自宅で待機していた。
専用の時計(ピジョンタイマー)を用いる。
今では鳩舎に設置した機器が自動的に記録をとってくれるので、飼い主は自宅で待機する必要がなくなった。
マンガにならねーな、オイ!
また昔は記録を報告するために、わざわざピジョンタイマーを本部まで持ちよっていたのが、今ではカートリッジを送ればそれで済むという。
以上、こんなところです。
ボクはこれらの話を聞いて、現実の長距離レースがここまで生還率が低いものと思ってなかったので驚いてしまった。
やっぱり、考えてしまうよな。
当事者じゃない者が言っていいのかどうかはわからないが、「こんなレースが許されていいのか?」、と。
でも、実はこの問いに対する答えは、すでにレース鳩アラシで語られていたことだ。
黒田さんの言葉を思い出した。
「業じゃ。鳩を愛すればこそ、その鳩と危険を共にしたいと願う。そして、人間には自分が愛する鳩の優秀さを、死の危険にさらしてでも示したいという、ドス黒いまでの名誉欲、顕示欲があるんじゃ!」
レース鳩アラシの最終レースにおけるあの壮絶な結末は、飯森広一が考えた、鳩レースという世界に対する答えなんだと思う。
この答えは、業と愛情が矛盾したものでないどころか、不ニであることを示している。
真の愛情がないと描けないことだ。
あらためてスゲエ作品だと思う。
ちょっと思ったんだけど、人気アニメのポケモンはレース鳩アラシと構造やテーマが似てる。
ポケモンにもし最終回があるとすれば、このレース鳩アラシのラストにならうしかねえだろ!とボクは思うんだが、どうか。
このラストをかませば、よくポケモンに対してうるさ方なんかが批判している「ポケモンは動物虐待である。ケシカラン!」、とかなんとか、そういう思想的な物言いをつけてる連中をのきなみ黙らせることが出来るし、「ぬるい!」とか、「ツマラン!」とか文句つけてる輩をぜーんぶ唸らせることが出来るぞ。
きっと伝説のアニメになるだろうよ、良くも悪くも。どうでしょーかね、首藤剛史さん。
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