
究極の漫画の肉
〜ローストビーフ大統領の巻〜
本日は妄想美食倶楽部の創設1周年を記念して祝会が行われるということで、私たちも招かれることになりました。
私は栗田ゆう子。東西新聞で愚兄さんと究極の漫画メシ企画を担当しています。
「うわっはっは。亭主、この味平カレー(※1)はなかなかのものだな。特にこの皿がいい。安物の陶器を使い、色がくすんでいる。しかも、カレーを盛った皿の上にコップを置くなど、味平カレーらしさをより一層きわだたせておるわ。」
「ははっ、先生、ありがとうございます。」
愚兄さんと海原さんが、またなにか騒動を起さなければいいのだけど・・。
「む? なんだこいつらは。中川、どういう人選をしたんだ、貴様ッ!こんな味もわからぬサルブタビンボー(※2)を呼びおって!」
いきなり他人をサルブタビンボー呼ばわりするなんて、恐ろしい人だわ。やっぱりマンガの読み過ぎでオカシイ(頭が)人の感覚は常人には理解できないものなのかしら・・・。
「せ、先生。どうか、お怒りをお静めくださいませ。ささ、どうぞ先生。ガロン売りのスコッチ(※3)でございます。」
「ふん、どうせこんな連中、この場におらんものとして無視しておけばいいからな。」
「おっしゃるとおりです。ところで、海原先生。漫画メシといえば漫画の肉が思い浮かびますが、先生はこれまで様々な漫画の肉に出会ってきたものと存じます。そのなかで先生が一番と思われた漫画の肉はなんでしょうか?」
「うむ。漫画メシにおける一番の肉といわれても難しいが、しいて5本の指をあげるとすれば、まあ、マンモスの肉(※4)、魔王のハンバーグ(※5)、このあたりは常道として、ダチョウ肉のステーキ(※6)は好奇心がそそらえるし、さらにウジ虫を入れた肉刺し(※7)の妖しい魅力はさらに抗いがたい。そのままズバリ漫画の肉(※8)というのも我々にとって永遠の夢ではあるな。マオくんのこじき鳥(※9)も絶品だし、竜馬がつくった、肉と野菜をはさんで小石で蒸し焼きにした料理(※10)も捨てがたい。」
「なるほど、どれも聞いただけでよだれが出そうなメニューですなあ。」
「さすがは海原チョモ山先生。造詣が深い(マンガだけには)。」
「ふははははッ!」
「さあさあ、こちらのお若い方もどうぞ。貴方はどういった漫画の肉がお好きですかな。」
愚兄さんは海原さんを前になんて答えるつもりかしら。
「・・今まで味わった漫画の肉の中では、ローストビーフが一番うまかった。」
「へ?・・・ローストビーフ。」
みんなきょとんとしてる。無理もないわ。愚兄さんはどうしてローストビーフなんて、現実的でありふれた料理をいったのかしら。
「ふははは。愚兄よ、馬脚をあらわしおったな。ローストビーフだと!馬鹿も休み休みいえ!
肉は肉でも松本零士の縦だか横だかわからないステーキ(※11)ならうまい。しかしそれも999での話。
よいか、愚兄。昔と今は食糧事情が違う。肉が当たり前に食える今の時代に漫画メシとして肉料理が成立するには、肉の絵がマンガ的にとことん抽象化されているか、味の想像がつかないような食材でなければならん。
ローストビーフのような具体的に理解できる肉料理ではダメなのだ。だから貴様はサルブタビンボーだというのだ!」
「サルブタビンボーはそっちの方だ。自分の無知をひけらかして、いばってるんだからな。」
「なんだとッ!そこまでいうからには貴様、覚悟は出来ておるんだろうな。このワシを満足させる漫画のローストビーフを持って来い!」
「もちろんだ。では1週間後に。」
ああ、大変なことになったわ。
愚兄さんはいったいどうするつもりなのかしら・・・。
〜1週間後〜
「愚兄よ、恥ずかしげもなくよく来たな。どれ見せてみろ。・・なに!?「実録シリーズ傑作選」(著者:島田賢司)だと、料理漫画じゃないのか!?」
なにかしら、かなり古い本だけど・・。読切スタイルの伝記ものみたいね。将棋の中原誠といった有名な方もいるけれど、紙飛行機作りの名人や野球のバット職人なんていう珍しい職業の方をとりあげているわ。
「実録シリーズ傑作選は1話完結型のマンガで、毎回、様々な業界の著名な人間や第一人者の半生を取上げている。いわば栄光なき天才たちやプロジェクトXに近いコンセプトのものを少年誌において先駆けて行っていた。この中に、「ローストビーフ大統領」というエピソードがある。これをみてほしい。」
「実録シリーズ傑作選」ジャンプコミックス4巻(副題:ローストビーフ大統領)表紙より引用
ローストビーフ大統領・・・、これね、単行本のタイトルにもなってるわ。この巻の代表的なエピソードのようね。
単身アメリカへ渡り、ローストビーフの料理修行の末に成功を修めた方のお話だわ・・・。「エッ、これはッ!」
普通、ローストビーフというと私達サルブタは、冷たくてぺらぺらのハムみたいなものを想像するわ。でもこのローストビーフは・・・
「な、なんという鮮烈な!」
先のご亭主もビックリしている。
松本零士の縦だか横だかわからないステーキを超えるほどのボリューム、そしてアツアツで滋味豊かなシャッキリポンとした深い味わい、なんという・・・。
「愚兄さん、この漫画メシはいったい?」
「・・・すべては、ステーキという食い物が至上の存在であった、というかつての認識がこのローストビーフの価値をつくりあげています。」
「実録シリーズ傑作選」ジャンプコミックス4巻 P.7より、引用
うむ、なんといううまそうなビフテキ(死語)であろうか!えッビフテキじゃないって、バカなッ!?
「この主人公は、ローストビーフを初めて知った時、ステーキよりうまいと紹介されて驚愕する場面がある。読者である俺も驚いた。大多数の日本人がそうだっただろう。そしてこの漫画メシには、ステーキよりもうまい、という主張に強い説得力があった。
「肉をデカイかたまりごとオーブンで焼き上げ、肉をブ厚く切り取り、皿にごっつく盛るというスタイル。味だけでなく、ボリューム感でも松本零士の縦だか横だか分からないステーキ(※11)を超えている,といっていい。」
「実録シリーズ傑作選」ジャンプコミックス4巻 P.8より、引用
ビ、ビフテキよりうまい。まさか、そんな食い物がこの世に存在するのか!?な、なにィッ!!
「そして、極めつけは、古い文献をたよりに辿りついたという主人公が得た独自の調理法だ。肉を岩塩でまるごと包んで焼き上げるという手法を、主人公が研究に研究を重ねて完成させたものだ。その味は読者に岩塩ごしに伝わる絶妙な焼き加減と滋味豊かな風味、深くたしかな肉の味わいまでを、想像させてくれた。」
「実録シリーズ傑作選」ジャンプコミックス4巻 P.28より、引用
見よッ!これが、ミスター玉城が完成させたローストビーフだッ!究極の漫画の肉だッ!
す、すごいわ。
こんな漫画の肉があったなんて。
「すべてがギリギリの線なのですよ。これ以上、絵が抽象化しては味の繊細さがなくなってしまう。これ以上、緻密に描くと肉のボリュームが現実的過ぎてうんざりしてしまう。」
「少年誌において、青年誌的なプロットの作品を掲載していた時代だからこその漫画メシですよ。大胆さと精密な考証が絡みあった魅力がある。」
海原さんはなんて答えるのかしら。
「・・・ぐぬう。愚兄、なんだこの汚い単行本は!カバーが取れかけてページが日焼けしとるではないか!この海原ちょも山にこんな汚い本を読ませおって。集英社にいっておけ、こういうマイナー以上メジャー以下の佳作もちゃんと再版しろとな。不愉快だ、ワシは帰る!」
なんという人.世間では全く役に立たないオタク知識を身の拠り所にして、誰も望んでないのに自身のオタク知識を披露したあげく、それが打ち負かされた途端にブチ切れる・・・。まさしく腐れオタク、糞オタクだわ。死んじゃえばいいのに。
「あれが海原ちょも山という男さ。最低のヤツだ・・・。だがみてろ、いつか必ずあの男をひれ伏せてやる。」
「愚兄さん・・・。」
了
注釈
※1:味平カレー。 説明不要。「包丁人味平」で味平がつくったカレー。
※2:ガロン売りのスコッチ。 「天才伝説」ででてきたスコットランドの無銘柄の地酒。馬鹿安いけど、すごくうまそうだった。酒に関しては、古谷三敏の「バー、レモンハート」にうまそうな酒がごろごろ出てくるが、これはまた別の機会に。
※3:サルブタビンボー。 アニメージュで不思議なほど長期連載を続けている「魔女ッ子そんそん」(著者、永野のりこ)に出てくる海原くんというキャラクターがよく使うセリフ。もちろん元ネタは美味しんぼの海原雄山が言った「こんな味も分からん猿や豚どもを招くとはどういうつもりだ。」という名セリフから来ている。
※4:マンモスの肉。 アニメ「はじめ人間ギャートルズ」に出てくる肉。丸テーブルほどの巨大な肉がドンとあって、木の年輪のような肉の模様で、回りの皮膚の部分は灰色でところどころ毛が残っている。弾力があってとてもうまそう。
ちなみにギャートルズでは、マンモスの肉だろうが、サーベルタイガーの肉だろうが、モグラの肉だろうが、肉になった瞬間、すべて等しく同じ“肉”になる。だからマンモスの肉というより、ギャートルズの肉といったほうが表現としては正しいかもしれない。
ゴンの親父が飲むサル酒もすごくうまそうだった。ぐびぐびぐび、ぷはーっ!
ゴンがサーベルタイガーを偶然退治できちゃった話があって、そいつを卸した途端、肉だけの姿になったのを見て爆笑した。
この世界の動物は全て、超シンプルな骨格と皮と肉だけで構成されてるのですよ。
※5:魔王のハンバーグ。 アニメ「ハクション大魔王」に出てくるハンバーグ。魔王の大好物で、山のように積まれたハンバーグを魔王が次々と食べる姿が本当にうまそうに見えた。ちなみに絵的には、ハンバーグというよりコロッケかメンチにしか見えない。でもそこがまたよし。
魔王はこんなふうに山のように積まれたハンバーグをバクバク食ってて、その姿がメチャクチャうまそーに見えたのでした。
※6:ダチョウ肉のステーキ。 「鉄鍋のジャン」で出てきた料理。マットな食感と締まった肉質が好奇心をそそる。
※7:ウジ虫入りの肉。 「鉄鍋のジャン」でジャンが作った料理。肉の刺身にウジ虫が植え込んである。ここまでくると、ほとんどイカモノ料理(by妖神グルメ これもまた別の機会に)ですな。
ボクはもしジャンの料理が食べられるんだったら、たとえウジ虫だろうが、ケシの実入りマーボドウフだろうが大喜びで食べますが、なにか?
※8:漫画の肉。 吉田戦車いうところの“あの肉”。でかい骨に茶色っぽい色の肉がまきついてる、ほら、あの肉ですよ。これの出所ってなんなんでしょうね?ジャングル大帝あたりなんでしょうか、それとものらくろ、とか、その辺までさかのぼるんですかね。
ほら、こういうの。昔のマンガによく出てくる。
※9:こじき鳥。 「中華一番!」でマオくんが作った料理。鳥を1羽まるごとと野菜やら香草やらと一緒に包んで地中に埋めて、上から蒸し焼きにするという料理。ト、トレビアン。
※10:肉と野菜をはさんで小石で蒸し焼きにした料理。 「私立味狩り学園」で竜馬が作った料理。野菜がとろとろにとけてサイコーのソースになっていて、もうめちゃくちゃうまそう。
※11:松本零士の縦だか横だかわからないステーキ。 「銀河鉄道999」なんかでよく出てくる。松本零士というと、どうしてもラーメンに対する異常なこだわりが目に止まってしまうが、たしかにこのステーキはうまそうだった。ジュウッという擬音と溶けたバターがポイント。
ちなみに、この言い回し自体はアニメーターのサムシング吉松氏が命名した。
鉄郎よりメーテルがよく食ってた。
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