〜チビ太のおでんをらう〜

 

東京近郊に展開するフランチャイズの居酒屋、「にほんばし亭」
安くてそこそこの料理と、それなりにくつろげるので、サラリーマンによく利用されているようだ。
ある日のこと、私の上司が懇意にしてもらっている取引先のお客さんと接待として、そこを利用したことがあった。

何気に注文したおでんだったが、出されてきたそれは、丸と三角と四角の形をしていて一本の串に刺さっていた

 

こ、こ、こ、これは、まさしく、チビ太のおでんではないかーッ!!

 

一同、ざわめく。
チビ太のおでんだ。
チビ太のおでん・・・。

なんか感動だ。

ところが、である。
気を利かせたつもりか、同席した相手先の女性が、このチビ太のおでんを串からばらし始めたのだ。
そう、その行為が当然の気配りであるかのように、ごく自然な動きで。
私の理性は、この瞬間にふっきれたらしい。

 

ムッキーッ! きさまーッ、チビ太のおでんを串から放すとは、なにごと!
そのまま串を手で持って、ケケケーと笑いながらかじるんだよッ!
こんな最低限の食事のマナーさえ知らないのかッ!
てやんでッ、バッロッ、ちくしょーッ!!

 

実際には、私はなんと叫んだのか。実をいうと覚えていない。
このときの私は相当に取り乱していたようだ。
気がつくと、私の目の前には、その女性がぐったりと横たわっており、私の両腕は上司と店員によって抑えられていた。
床一面が血だらけで、彼女の太ももからは白濁色の粘液が滴っていた。
聞くところによると、この時の私は彼女の胸座を掴んだまま振り回し、奇声を上げながら壁に頭をがんがんと打ちつけていたという。
その後の私の行為は・・・、よそう。口にしたくない。

彼女は、いまも車椅子の生活を続けている。
彼女を想うと胸が痛む。
だけど、どうしようもなかったことなんだ。
人には犯してはならぬタブーがあるということを、決して忘れてはならない。
チビ太のおでんは、取り分けてはいけないのだ。

今日も私は、彼女の病棟を訪ねる。
彼女の両親が私を見る目は、いまだに刺すように痛い。
彼女は、うつろな視線のまま、私を見上げる。
目の焦点が定まっておらず、顔に表情がない。
こうなってしまった責任は感じている。本当だ。
少しずつでいい。
元に戻れるよう、手助けがしたい。
お見舞いとして持ってきた、チビ太のおでん。
もう一度、やり直すんだ。
「ボクが食べさせてあげるよ。さあ、ケケケーといってごらん。」
彼女の目の前にそっと差し出した、チビ太のおでん。
うつろな目でそれを見た彼女は、一瞬で表情が凍りつき、声にならない悲鳴を上げて後ずさった。

結局、私は彼女の父親に散々に罵倒されたあげく、病室を追い出された。
彼女の心の傷は、いつの日か癒えるのだろうか・・・。
私は、真夏のぎらつくような陽光の下、チビ太のおでんをかじり、そして笑ってみた。
「ケケケー。」
乾いた笑い声が、青空にすいこまれた。

私が、このお店でチビ太のおでんを見たのは、2001年の冬のこと。
現在もメニューとして健在なのかは、確認する必要があります。
ご注意下さいませ。

 

にほんばし亭のHP: http://www.ramla.net/index.html

 

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