
☆キノコ日記
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キノコ日記 特別編 〜ジョブハンター編〜 (01/4/1UP)
最新の日記(2009年3月11日)
2007年1月6日(土)
新年、あけましておめでとうございます。
本年もご愛顧の程、お願い申し上げます。
旧式のサイト仕様のため、日記の階層を整理するだけでひと苦労であります。
他、ひさしぶりに愚兄から寄稿がありましたので近日中に更新します。
2007年1月21日(日)
福満しげゆきの新刊「やっぱり心の旅だよ」(青林工芸社)を読んだ。
この単行本は、エロ漫画も含めた短編集といったオモムキのものです。
IKKIの入選作まで載っていて、ありがたいことです。
やっぱりこの方のマンガは素敵ですね。
特に最初の3話が、どえらくおもしろい。
一話目が、IKKIのヤツですが、野心に燃えたぎって描いた感じがうかがえて完成度がやたら高い。
ご近所SFというか、主人公達が10年前へタイムトリップするというものですが、これがとてもリアル。
設定を細かく積み上げるリアルじゃなくて、登場人物の心理でリアルを表すのな。
「心なしか、空気がおいしい気がしますね。」
「10年前でそんなにかわるわけないだろう・・・ん、ほんとだ。」
といった会話とか、あと10年前の自分に話しかけようとする主人公が
「あ〜なんかドキドキする。あ〜なんかくるしくなってきた。・・・なんでだろ?」
なんて言うあたり巧いなあ。これが福満流のリアル表現なんだなあ。
読んでるボクもくるしくて、せつなくなる。この自分との邂逅の場面がとてもいいんだ。すごくいい。
オチがまたよい。
トークショーのとき、IKKIに入選して、その後掲載がなかった件で質問を受けて、福満先生は
小学館の担当がなんだか上から見下ろすような雰囲気で、自分から売り込むことをしないでいたら
それっきりになった、みたいなことを言ってた。
たぶん、こういうのは小学館だからどうこうじゃなくて、たまたま担当との縁がなかったってことなんだろうなあ。
残念だよ。モーニングでもっとひろわれてほしいよ。
二話目は設定でドキッとした。
例の目をした主人公ではあるが、髪が短く口ひげが薄く残っており、本物の福満先生の風貌
みたいなのだ。漫画も描いてるし。
そして主人公の奥さんがまんま小規模の彼女と同じで、そしてそして、その彼等に子供がいる!
前号のアックスで福満先生が同誌の作家と対談したときに、子供はつくる気はないと言っていたので
実際はいないんだろうけど、これ読むと「まさか本当は?」って思ってしまうなあ。
対談で福満先生は、子供も自分と同じように苦しむかもしれないと思うとつくる気になれないんです、
みたいなことを言ってたけど、ボクはこの方に子供をもってほしい。
このお話における福満先生と架空の子供?とのやりとりがおかしくて、微笑ましくていい感じだったのだ。
福満先生には、本当に子供もってほしいなあ・・。
三話目。これも福満流リアルが炸裂しとる。
裸の女が街をうろつくという、ありえない状況なのに説得力がある。
主人公のセリフと独白がおもしろすぎる。
最後の話はかなりまじめな話。現在の連載「生活」に通ずるような、いたわりの気持ちに救われる気分になる。
エロ漫画は、ちゃんとエロ漫画だった。
フォーマットに則った仕事としてのエロ漫画。
2007年1月24日(水)
全霊込めて書いたものの、見事に反響が無い「ワインビジネススーパースター列伝」ですが、
いまさらながらあとがきをUPしました。
なんだか、いい訳めいていて、恥ずかしい・・・。
こんなあとがきは、かっこわるいから書きたくなかったのだけれど、めめしく、うらみつらみを連ねております。
うへえッ・・・なんか最低。かこわるい。
うぅ・・とある、ワインの個人サイトの管理者に私は糞調子ぶっこいて、この糞コンテンツを見てくださいと、糞メールを
糞送りつけたわけです。ばろーんごーんぐ!
私は、
「君のコンテンツは、爆発的にベリーグッドだ!」
と、いってくれるものと期待していたが、ところがどっこい
「ひ、ひどい捏造もあったもの。我がサイトではこんなデタラメは絶対にせん!」
だったのだ。
ううッ!
「こ、この管理者殿は、誠実な人間しか相手にせんのです!うぅッ!」
泣いて暮らしつつ書いた、みっともないあとがきなわけです。
励ましのメール、誰かプリーズ!お願い!
ああ・・・そうだ。
懲りずに考えた、使い古しの列伝ワインネタだ。よかったら使ってくれないか。
下手だと笑わず聞いてくれたまえ。
神国ジャパン。そこには名誉ソムリエなる奇怪なワインマニアが存在することで知られる。
たとえば当時の名誉ソムリエでは・・・
“稲垣吾郎”
全身から貴公子の雰囲気を漂わせており、本物のソムリエに見える。
がらんがらん!(デキャンタをまわす音)
“川島なおみ” 手のつけられないムートン狂!
「長嶋監督バンザーイ!」
“江川 卓” 小早川に打たれた醜い心的外傷を隠すため、高級ワインを買いあさっている。
さらに大ニュース。
例のボジョレーの大手メーカーのスキャンダル事件から
ボジョレーの帝王「ジョルジュ・デュブッフ」が産地を偽造!
なんと上級キュベに、下級キュベ用のブドウを混入していたのだ。
しかし、帝王はスキャンダルなどどこ吹く風、そしらぬ顔で営業を続けた。
ファンは猛烈に抗議!
「ばっきゃろ!ねぼけんなあーッ!
詐欺事件なんだから、帝王は更迭で刑事罰を受けるんじゃねえのか!」
帝王は、
「産地の偽装だと?
ふん!あれは醸造責任者が、俺の知らない所で勝手にやっただけさ。」
専門家はこのように語る。
「嘘に決まってますが、ああして主張されれば、証拠無しで帝王は更迭をまぬがれるのです。」
「うーん・・・大企業、総身に質を保ちかね、といいますが、とにかく不祥事を起こして
追求を逃れる場面を初めて見ました。」
そして、私のサントリーではジョルジュ
デュブッフ社から40万本のワインを発注した。
すなわちボジョレーヌーボー2006年がなぐりこんでくるのだ!
田崎真也(談)
これは、カールゴッチ編の地味だが、味のあるセリフ、
「パパイヤは高い・・・オレンジにしておくか。」から。
いくらでも応用がきく。
「シャンパーニュは高い・・・クレマンにしておくか。」
「村名は高い・・・クリュボージョレにしておくか。」
「ネッビオーロは高い・・・バルベーラにしておくか。」
「ブルネロは高い・・・サンジョベーゼにしておくか。」
「コートロティは高い・・・サンジョセフにしておくか。」
なんだか生々しいですな。
2007年2月4日(日)
今週のコミックモーニングで、またも福満しげゆきの漫画が載ってた。
「僕の小規模な生活」三話目。
よかった。2話目から間があいたから、もう終わりかとおもった。
今号のアックスで休んでたのは、単行本だしたからだと思ってたけど、この読切りのためだっ
たんだな。きっと。
“ちょっと自分の中で整理してみよう”的な自己との対話シーン、見せ方がちょっとおもしろい。
”時間差ニヤリ”
・・・あぁ、なんかうなずけるな、こういう感じ。リアルだ。
これから人気が小規模爆発して連載か!?
2007年2月5日(月)
柴咲どろろは、ホゲタラだ♪ホゲタラ、ホゲタラ、ホゲタラだ♪
映画「どろろ」を見た。
妻夫木君。世間で評判な役者くらいは知ってたけど、演技を見て納得した。
二枚目なだけじゃなくて、上手い。
クールな百鬼丸がかっこよかった。
設定の消化の仕方は、うまいこと考えた。
百鬼丸の仮の肉体を、義手義足といった外科的な物じゃなくて、呪術的に肉塊を蘇生
して結合するみたいに変えたのは、実写の説得力を与えるうえでいいと思う。
(元の設定は漫画じゃないと成立しない。)
中盤で、道中を百鬼丸が妖怪退治をしていくくだりがなかなか楽しかった。
しかし、映画全体として構成のバランスが悪い。
終盤になってテンポが極端に悪くなって、ダラダラ長くひきずってしまった。
怨恨を乗り越えるというのがこの映画のテーマなのだろうが、それに向けて
仕舞い込もうとやっきになって、うまくいかなかったようだ。
しかも訴えようとしていたテーマや感情が、感傷的過ぎて共感できない。
痛々しさだけが残り、見ていて苦痛だった。
こんな痩せた情緒を見せつけるよりは、スカッと、エンターテインメントのままで
終わらせればいいのに、と思う。
他、最大の難点。
どろろ役が・・・やべえ、斬り殺してえ。
柴咲コウがどうこうというより、脚本と監督のせいだが、観客が共感して受け入れら
れるような役になっていない。
ボーイッシュとかワイルドなんてものを通り越して、ただ単に怖い。
どろろは元々泥棒の役柄ではあるが、盗みを働いた上に怪我を負わせるのは
明らかにやりすぎだ。
刃物を頻繁に抜くのもいただけなかった。百鬼丸と違い、どろろのような落ち着きのない者が
光り物をチラつかせてると、観る者は瞬間的に気持ちがこわばる。生理的に不快だ。
「なにも原作どおりやれとは言わん!もう少し、どろろに可愛げを与えてやることは
できんのか!」(列伝口調)
「可愛げ」ってのがキーワードになると思う。
映画どろろには「可愛げ」がなかった。
原作では百鬼丸の純真さとどろろの心根の優しさは、読者にとっても安らぎになっていた。
だからこそ、殺伐とした世界の物語を読み進めることができた。
映画をつくる上で、そのあたりをもう少し考えてほしかった。
なにも原作通りである必要はないし、柴咲どろろを自由に演出してくれて結構なんだ
が、こういう道中記モノで旅の道連れが感情移入できない奴ではどうにもならない。
さて、原作の紹介でもしましょうか。ボクの心のマンガだ。
「どろろ」は言うまでもなく、手塚治虫が描いた傑作妖怪退治マンガだ。
漫画史上最高に飛び抜けた主人公の設定(究極の身体障害者)。
インパクト抜群のタイトル。
もちろん、内容もとびきり面白い。活劇にハラハラドキドキ、退治した後の巨大なカタルシス。
登場人物が本当に“生きて”いて、心情に胸を打たれる。
百鬼丸とどろろが何故旅を共にするのか?
作品内に、理屈抜きにブワワッと、涙のフタが抜けてしまう場面がある。その場面の後に、
どろろは「生」を体いっぱいに主張する。魂を揺さぶる叫び、「ばかやろーッ!」。
この場面に、すべてが詰まっている。
「最高!どろろ、まさに最高!」(列伝口調)
未読の人はいますぐ「どろろ」を購入して読みたまえ!つまらなかったら弁償するか
ら。
2007年2月8日(木)
愚兄から、メールでテキストが届いた。
テキストの内容は、「今週のイチオシ」という、愚兄がオススメする単行本や連載作品などを
紹介していく、かつては毎週更新していた定例のコラムだ。
まあ、なつかしいこと。すっかりクモの巣が掛かってしまい、先日トップページから
外してばかりだったが、続ける気があったとは驚きだ。
「なんだ愚兄?お前は引退したんじゃなかったのか?」
「スカパーで録り溜めた番組をダビングしてたんでさ・・・。
またコラムを書いはじめたんで、使ってくださいよ。ダンナ。」
「東映チャンネルあたりのドサまわりの特撮が、お前のような能無しライターにはお似合いだぜ。
いま忙しい、またきな。」
ってなやりとりがあったかどうかはともかく、愚兄よ。ウェルカムだ!
このコラムを更新するのは、なんと3年ぶり。
2007年2月23日(金)
ふと新聞を眺めていて、テレビ欄に驚愕した。
「クレヨンしんちゃんは、エタぞッ!」
な、なんてえ扇情的なタイトルを付けやがる。み、見るに決まってる。
動転しながら一瞬後、ふと思い直した。「もしかして、”クレヨンしんちゃん、はえたぞ!”か!?」
ひまわりに乳歯が生えたとか、多分そんなような話だろうな。あぁ・・・そりゃそうか。
たいまつを手にした表情のない群衆が野原家を襲う場面まで想像してしまって、己の愚かさを恥じた次第。
2007年3月16日(金)
コロコロコミック4月号。
む、むぎわらしんたろうは、シロエモンを描く時は実にいきいきしてるねえ。
彼は本当にシロエモンが大好きなんだなあ。
「ドラベース」の最新刊を読んだ愚兄から、なぜかそれ(サッカー編な)に対する大反発・大抗議をボクが受けてしまったが、
確かに彼の怒りはもっともではある。サッカー編はひどかった。
しかし、最終的にむぎわらしんたろうを許せてしまうのは、氏の作品への意気込みと、シロエモンへの思い入れだ。
うおー、サッカー編は最悪だったが、今は好きだぜ、シロエモーン!
そのままだ、むぎわらしんたろう!そのままだ。
あんまり、無い頭使って、話をひねったり、キャラをねじったりするな。そのまま大好きなシロエモンを、思う様、目一杯かっこよく描くんだ!
む、む、ジャンゴ・・ひじおか誠。いまやコロコロの実質的な看板作家だ。
前作スナップキッズから好きだったが、いまや瞬く間に上達して、まさに太陽少年だ。
基本フリーハンドでモノトーンの色調、荒いようでいて抑制が効き、繊細で、”素敵”としかいいようがない。
「推理の星」
気がつけば、たのしみに読んでいる。
ひじおか氏とはまた違ったモノトーンの絵の魅力。
分かりやすく真剣。子供向け推理物の、理想の姿。
「僕はガリレオ」by樫本学ヴ。
初めの3回くらいまではどうなることかと思ったが、だんだんペースをつかんできたようだ。しかし、学ヴはもっと楽しむかはじけるか出来るはずだ。
板垣雅也、熱い。どこかで大きく行くのでは!?
「甘いぞ男吾」を超える器と、個人的にはおもう。
2007年4月12日(木)
愚兄に「HP、どうにかしろよ!」と発破かけられて、せめて日記くらいは、と思いこうして
キーボートを手にしている。
ボクらしくなくキョウシュクではあるが、さいきんはかつてより相当ケンゼンに生きているため、
暗い情念を燃やして、あまりWEBでどうこうあがこうとする動機がうまれないというのが本音だ。
さて、・・・近頃、なにかあったっけ。
うーん、書店で、「僕オタリーマン」という本を買ったな。
ちらっと見たときは、「あー、またブログとかをもとに本を出したのか。こういうのはパソコンで
見るから面白いんじゃねーの?」とか思って、なんとなくパラパラ立ち読みした。しかし・・・
うおッ!・・手が燃えた。青い炎?
熱い。作者の静かな熱気が、立ち読みでページをめくる僕の手を燃やした。
この本は、システムエンジニアリングである若いひとりの会社員が、仕事勤めをしながら自身のことを
HPでマンガに描いたものをまとめたものだ。
これは、浮き世にもまれた者にしか分からない。純粋マンガ家にはどうしたって出せない、この作者だけの
味だ。しりあがり寿や田中圭一ともまた目指す方向が違う。
ああ・・そうか、一部の若い衆が妙に憧れて見てたりするHP制作者とかブロガーって、こういう部分
だったか、と思った。
当サイトと相互リンク関係であったジョボさんは、こういうのに憧れてたのかなあと思った。
しかし、信奉する者がどういう気持ちで、こうしたHPを見ているかはともかくとして、作者よしたに氏は、
自分が歓声を受けているその世界が非常に狭いことを哀しいくらいに心得ているようだ。
だからこそ、読者は抵抗なくこのマンガを受け入れられるのだろう。人気サイトである理由がわかる。
他に、作者は本職のマンガ家じゃないので、廻りは気を使うあまり、かえって技術的な部分が語られ
ないかもしれない。しかし、かなり絵がうまいです。
絵はシンプルではありますが整っていて、原色の色使いが映えて、見やすいです。このあたりのセンスは、
もしかすると絵心がどうのというより、マンガ力が強いからかもしれません。
しかしね。ボクはね。思うんだけどね。
HPやらブログなんてのは、自分で自分のサイトが面白いと思えればそれでいいと思うんだ。
よしたに氏のように心血注いだ制作活動が世に認められるのは嬉しいことだが、世に星屑のように散らばる
数多のHPは、当サイトも含めほそぼそとやっているのが大半だろう。
この糞サイトをやってくうえでの、ボクの座右の銘は、「自分が最初の読者。」という言葉だよ。
まずは自分が愉快に思い、次に暇つぶしになったと感じてくれる人が一人でもいれば嬉しい。そんなものだよ。
ジョボさん。どうしてますか?よろしければメールください。
2007年4月21日(土)
山田芳裕の初(?)連載作品 「大正野郎」。
文庫出てたので、あらためて買って読んだら、やっぱりおもしれー!さいこーだ。
なんだか、かなりなつかしいが、時代をこえたおもしろさがあるなー。大正野郎、好きだ。
さて、今月号のコロコロコミックは、30周年号だったんだね。

コロコロ最高!!とな!?たしかに最高だが、自分で言うな!いや言え!どっちだ!?
立派なカンペンケースがオマケについたよ。
すげえ、原価的にスゲエ。けっこうしっかりしたカンペン。児童誌は時折スゲエおまけを付ける。
これを、職場で使ったら伝説になるな、きっと。
2007年7月28日(土)
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・。映画館だ、はやく映画館へ行くんだ・・・。」
腐れ仕事を終えた後、はやる心をおさえながら、東劇へ向かった。
ずっと待ち望んでいた、原恵一監督の最新作、「河童のクゥと夏休み」を見に行ったのだ。
少しブランクをおいて、なおかつ”制約が少ない仕事”という、原監督の資質をかえってそぐ
ような環境の中で発表される本作であるので、一抹の不安があったが、映画生活の誰かの
レビューに「原監督がまたやってくれた!」という一文を見つけてから、杞憂であることを知った。
この一言で、ボクには充分伝わった。後は、観るだけだ。
原監督の手腕は、あいかわらず見事で、登場人物の心理がことごとく自然だった。
現実の世界に河童が現れるという異質な状況でも、まったく抵抗を感じない。
違和感が無いどころか、現実味さえ感じる。これは、やはりボクらは日本人だから、なのだろう。
本作は、心の根っこにわずかに残る原初の宗教観、精神文化をゆさぶる。
また、豊かな自然を表すと同時に、人間の心の様や動きを丁寧にえがいている。とても丁寧だ。
とても静かで、とても丁寧な映画だ。
今、現在、映画を観て帰ってきてボクは、こうしてすぐにキーボードを叩いているわけだが、
本作は若干、上映時間が長いこともあって、マイナス要素として、”ドラマに抑揚がない”
あるいは”落ちが締まってない”という点を挙げられるかもしれない、と思っている。
ただし、この抑揚をひかえた形式は、おそらくは原監督があえて行っただろうとも思う。
原監督は、ずっと本作のような静かな映画を作りたいと願っていて、今回それがかなった
ような気がしている。
まだボクは、映画の余韻から覚めていないので、このあたりはもう少ししてから考えてみる。
しかし、余韻が長い映画である。じわじわじわじわ残るものがある。
特に、おっさん(主人公の飼い犬)の男っぷりの良さが頭から離れない。
う〜〜・・・おっさんよぉ〜〜うっうっ。
ひとつだけ言えることは、ボクは原監督の映画が観れて本当に良かったと、それだけは言える。
2007年9月2日(日)
「レミーのおいしいレストラン」を観た。
おもしろい。こんなに、おもしろいと思わなかった。びっくりした。
先ず、映画の粗筋をざっと説明すると次の通り。
ネズミであるところの主人公レミーは、天才的な料理の才能の持ち主。
その彼が、新米調理師である、もう一人の主人公リングイネと出会い、料理の手助けを行うようになる。
やがて、レミーの料理が評判になり、料理批評家イーゴの目に止まる。
イーゴとレミーの料理対決のゆくえは・・・・?
おいしいものを食べる歓び、そして作る歓びや感動、情熱が真直ぐに伝わってくる。
よかった。おもしろかった。
本作の白眉・・・・感情を伝えるための物語の土台、骨組みが、すごくしっかりしていたということ。
厨房の雰囲気、調理に関する事、調理の様子、料理人という人種のこと・・・こむずかしいウンチクだとか、専門的な言葉は出てこないが、実際の厨房の世界を忠実に再現している、と思わせる凝ったつくりだった。
画面に表れる何百倍もの知識が潜んでいることを予感させられる。情報量の大きさにしびれた。
特に、料理人には一癖も二癖もある連中ばかりがいて、仕事中は罵声が飛びかい、さながら戦場のごとくという、バンビーノ的な厨房の真実が、もちろん控えめではあるものの、子供向けであることを意識した中で表現しようと試みているのに感心した。
厨房の紅一点であるヒロインが、にやけながら自分を見つめる主人公に啖呵を切ったときのセリフが良かった。
「料理人の世界ってのは、結構古い格式や階級意識が残ってるんだよ。その世界で女である私がなぜ生き残ってるかわかる?
・・・私が人一倍タフだからさ!」
といいながら、包丁を主人公の袖口を挟んで、まな板に突き刺すというパフォーマンスをかますという。いかす!
子供相手だからといって、綺麗な部分だけ見せて、仕事を嘘で飾ろうとしない姿勢が良い。
その上で、食の歓び楽しさが真直ぐに伝わってくる。すばらしい。
あと、キャラクター設定が、硬派です。硬派。
ネズミが料理?ありえねえ、だいたいネズミが作った料理など食えるか、と誰しも思うところでしょう。
その通りです。その通りなんです。
本作におけるネズミのポジションは、漫画の主人公だからといって特別扱いされていない。現実の扱いとまったく一緒です。
かっこいいです。
普通だったら、従来のディズニー映画っぽく ”ネズミは人からカワイイと思われていて、厨房で料理しててもOK”な世界にしたいところだが、それをやってない。観客の理解に甘えていない。
本作の世界観では、団秀彦がもしこの作品内にいたとして、厨房でレミーを見かけた日には、卒倒して、最低1年は営業停止にしそうなイキオイな扱いをしているわけです。
(少しネタばれになるが、最後に衛生管理局が出てきて、どうにかなるという展開は、凄く気に入りました。)
そして、最後に批評家イーゴとの対決の後、イーゴが批評の意義について語る言葉もなかなかに感動的だった。
作り手と批評家の対比という点からも、本作は核心をついていて、興味深い。
2007年10月25日(木)
うむ。ひさしぶりの日記だ。
これでも、ずっと更新しないでいたことを気にしてはいたのだ。
今後は、近況にこだわらず、駄文をつらねていこう。
さて、ある時、愚兄がこんなことを言った。
「マンガ道にハズレ無し!」
つまり、A先生のマンガ道に限らず漫画家の自伝的作品には傑作が多い、という意味の主張だ。
たしかにそうかもしれない。
最近では、「55歳の地図」、「僕の小規模な失敗」、「ヤング田中K一」、「失踪日記」(はちょっと系統違うか)。
もう全部おもしろいね。
小規模は漫画史上に残る傑作だし、ヤング田中K一には死ぬほど笑かされた。
自伝作品の短編なら、一杯ある。
手塚先生の「紙の砦」とか、F先生の「スタジオゼロ物語」、タイトル失念したが本宮ひろしの自伝。
横山光輝、貝塚ひろし、吉沢やすみ、もっとあるぞ。やっぱり、のきなみおもしろいね。
余談だが、かつて有名漫画家に短編の自伝漫画を描かせる企画があって、それらをまとめた本があったのだ。
この企画は、今またやってもおもしろいと思うな。
つまり、パッと思いつくだけでも、自伝漫画にはこれだけ面白い作品がある。
さて、本題はこれから。
2号くらい前の「コミックチャージ」で、吾妻ひでおの自伝漫画が掲載されていた。
これがすごい気合の入れ方で、もうれつな意欲作で驚いた。最近、漫画読んで一番驚いた出来事だ。
ひとコマひとコマに目を移すたびに、「ふはーっ」と嘆息をついてしまう。すごい書き込みの量。
これほどの質と量を持った作品を仕上げたのは、氏のキャリアの中で初めてではなかろうか。
まあ、残念ながらこのクオリティーで連載を続けることは無理なようで、不定期に掲載していく形らしい。
次回作が楽しみだ。
そういえば、自伝漫画には「男の星座」もあった。もっともこれは、漫画家ではなく原作者が主人公の作品だが。
あと、島本和彦の「燃えよペン」も自伝っぽいっちゃ自伝っぽかったが、最近、増刊ヤングサンデーで始めた「青い炎」は、もっとしっかり自伝マンガだ。今のところ、おもしろい。
2007年10月26日(金)
昨日に引き続き、自伝マンガについてのお話。
コロコロ伝説第2号に、たかや健二の短編自伝漫画が書き下ろしで掲載されていた。
これがまた当時のコロコロ作家陣の様子がよくわかっておもしろい。
たかや健二が、当時、あの超名作「プラコン大作」を執筆するかたわらで、藤子プロの主要なアシスタントとしてしっかり務めていたことなど、まったく知らなかった。
それだけ仕事をしていたのは、きっと金銭だけが目的ではなかったのだろう。
コロコロ編集部は、新人が共同で利用する仕事部屋を設けるという、現在ではちょっと実現が難しいシステムを採用していた。そのドレイ部屋、もとい執筆室を、たかや健二はこう称する。
「ここは、僕らのトキワ荘だ。」
そんな、たかや健二の仕事状況は、多忙もいいとこで、文字通り寝る間もないような過酷な生活を続けているが、めまいがするほど眩しく、幸福
な日々を過ごしていることが分かる。
まさしく、「マンガ道にハズレ無し。」だ。熱い情熱的な短編だ。
2007年10月27日(土)
ミクシイをやっている。
はじめは、膨大な数の自意識の海にめまいがして気分が悪くなり、すぐに閉じてしまった。
今年の頭くらいから、日記を付けている。
ミクシイへの登録は単なるツールとして、日記は自身の備忘録として、毎日の食事を記録として記している。
読まれることを意識しない、本当の意味での日記。・・・そうでないと、この世界で自己主張するなんて考えただけで気が狂いそうだ。
リアルワールドの友達関係と同様に、マイミクは少ない。
ここをご覧になられた方は、もしよかったらマイミクになってください。
ボクは、「ちょもすけ」で登録しています。
2007年10月28日(日)
「爆走兄弟レッツ&ゴー」のDVDボックスが発売された。
む、むッ・・・風呂へ行ったつもりで買うべきか。
2007年10月30日(火)
森下裕美が旬だ。
ゴマちゃんが人気となり、ヒット作となった「少年アシベ」には、まったく興味が持てず、
まんがクラブあたりでやってたファミリー四コマは、さらに興味が持てなかった、そんな
森下裕美が、いままさに絶頂期にある。
絵が良い。実に良い。ブサイクな造作のキャラクターが、読み進めるうちに愛らしく見えてくるという名人芸。
「大阪ハムレット」は大変な佳作で、いまアクションでやってる「夜、海へ還る」もいい味だしてる。
絵を見るだけでも楽しい。
2007年11月5日(月)
うへえ、今週の「美味しんぼ」は酷いな、こりゃ。
「また馬鹿の一つ覚えの添加物バッシングか・・・。」
今に始まったことじゃないが、相変わらずの科学的無知偏見からなる主張か・・・。
話は違うが、ボクは列伝スレに入り浸るようになって、列伝節が頭から離れなくなってしまったな。
さて、「美味しんぼ」は、ちゃんと添加物について調べてるようでいて、主張があまりにも極端だ。
「美味しんぼ」のソースは、安部氏の「食品の裏側」という本だけか。他の本も読んでほしいものだ。
いくつか、美味しんぼの誤解を正そう。そのソースは、今日の日記の一番下に示します。
これは基本的な認識だが、食品添加物の使用量は基準値が定められていて、安全性が充分に確かめられている。
美味しんぼは、まずこれが分かってない。
食品添加物の基準値は、マウスがその添加物を一生食べ続けて、それでも無害な量の、さらに100分の1としている。
極微量しか使っちゃいけないという仕組みが構築できてるから、厚生労働省は安心して「健康に影響は出ない。」と言い切れる。
しかし、傑作なのは、この事がちゃんとマンガでも書いてあるんだよね。
これだけ安全にやってるのに、美味しんぼでは、「マウスが平気でも、人間に影響があるかないかは分からんやないか!」で締めるという。おもしろいこと言うなあ。
次に食品添加物の毒性に関する誤解について。
日本人は、一日平均10グラムの食品添加物を摂取しているという数字があるが、これには天然の食品にもともと含まれる成分もカウントされていて、それが大体7,8割を占める。
例えば、調味料のアミノ酸。酸化防止剤である、ビタミンCとE。肉の色を保持する硝酸塩は、野菜の中にもともと大量に含まれている。
合成の添加物に関しては、充分に試験を行い、毒性を検証して基準値を定めている。
あと、やり玉に挙げられた、合成発色剤の亜硝酸ナトリウム。
亜硝酸ナトリウムは、岩塩に含まれている場合が多い。先人はハムやソーセージを岩塩で包むと、色合いが良くなり、菌の繁殖を抑えられることを経験的に知ってそれを行っていた。岩塩なら良くて、亜硝酸ナトリウムは駄目だという根拠はない。
発ガン性については、国や研究者の見解では問題ないとしている。
こんなところか。
ボクは、美味しんぼの自然の物を食べよう、という主張自体はいいと思う。
下手な理屈なんか示そうとしないで、「天然・自然の物で、作りたての食事はうまいから、そうしようぜー。」って、素直に言えばいいんだ。
原作は誰が書いてるんだ。
「なーんでえ。おいぼれ野郎の雁屋哲が原作か。もう引退しな、ガハハハ。」
「メディア・バイアス」著者:松永和紀 光文社新書
良い本です。この本の内容は、メディアは危険に対して必要以上に警鐘を鳴らしてしまう傾向があることを示し、受け手の注意を促すといったものです。
つまり、「環境ホルモンは危険だ!」とやれば、楽に記事が書けて読者にも受けるが、「人への環境ホルモン作用は確認されなかった。」なんてニュースでは記事にならない。これは、メディアが本質的に持っている欠点で、どうしようもない。だから、気をつけようというお話。
この本では、さらに添加物バッシングにより被った、社会全体の不利益について言及している。章の終わりに、「好ましくない社会を消費者が作りだそうとしている。」と、美味しんぼと正反対の主張でありながら、まったく同じ言葉で結んでいておもしろい。
2007年11月6日(火)
気になって、スピリッツを読み返してみたら、美味しんぼは食品添加物の基準値の定め方を間違って書いていた。
事実は、マウスが一生食べ続けても”無害な量”の100分の1だが、美味しんぼではマウスが一生食べても”死なない量”の100分の1とあった。
「ふん。なにも知らんでよく原作者がつとまるな。」ぎりッ。
「ちゃんと厚生労働省のHPに載っとるから、ホテルに帰って調べてみろ。」
これは、ソース元の「食品の裏側」で、著者が批判された重大な誤りの部分ですな。
ソースを検証しないで、そのまま同じ間違いを踏襲したわけだね。
「うーん、考えたもんだな、あの雁屋哲って男。ああして、ソース元を検証せずに、他の関連書籍を調べもしなければ、自分の妄想通りのシナリオが書けて、さらに楽ができるってわけか。」
イギリスで添加物を多く摂取した児童には切れやすい傾向があるとか言う調査結果のくだりに関しても、何の成分で実験したのか、量はどの程度なのか示されてなくて、相当に事実を歪んで伝えているような気がしてならない。
雁屋哲にならって、まったく無責任に感覚に任せて思いつきを言うと、この報告自体が嘘っぱちなんじゃねえの。
2007年11月7日(水)
いつも、一瞬で判断してバシバシ消していってるメール群だが、これはおもしろかった。
「包茎友の会」の副会長を務めております×××と申します。
[タイトル]
今、あなたの包茎が注目されています!
[本文]
貴方様が包茎、しかもかなりの長皮で包まれた男性でいらっしゃるとお聞きし、辛抱堪らずご連絡させて頂きました。
まずはその失礼をお詫び申し上げます。
わたくしども、包茎友の会はそんな真性・仮性包茎の男性にしか性的魅力を感じない女が集まった会です。
率直にお話を進めさせて頂きますが、あなたの素晴らしい包茎を味見させていただけないでしょうか?
味見と申しましても一種のプレイであり、フェラチオを始め、包茎の皮の先端部分から風船を膨らませるように口で息を吹き込み包茎風船の作成、また長期間皮に包まれたカリ部分に舌を這いずらせてチンカス除去、一緒にお風呂に入りワカメのように揺らぐ皮の観賞といった感じで至ってノーマルなプレイを一緒に楽しむといったものです。
もちろん、プレイ中はお相手をさせて頂いております女性を貴方様はご自由に好きなだけ弄んで頂いて結構でございます。
「ギブアンドテイクな関係で包茎男性と過ごす」これが当会のもっとうでございます。
まずはこちらのページにて詳細をご確認下さい。
http://(削除)
いかがでしょうか?
あなたの包茎を彼女達にご提供戴けませんでしょうか?
彼女達にとって包茎男性と一夜を供にする事はもはやステイタスであるとお考えになって頂いても過言ではありません。
それくらい包茎な貴方を彼女達は必要としているのです。
多くの男性の方は「包茎」であることにコンプレックスを抱かれているとお聞きした事がございます。
それには多額の手術費用が必要だとも…。
ですが、当会の女性達はとても金銭的にも恵まれた者達が多く在籍しております。
貴方様にとって皮が不要なものであれば、彼女達を楽しませた暁にはその手術費用のお手伝いをしたいという女性もいらっしゃいます。
そして、その手術で摘出した皮は幸運を呼ぶお守りとして女性たちの中には是非とも譲って欲しいと願うものさえもいるのです。
私どもではそういった取引をを「スカルプ」または「スキャルピング」と呼んでおります。
もちろん全く合法なお取引でございます。
http://(削除)
こういった男性、女性双方へ恵まれた場をご提供する事が出来るのは現在国内では当会のみです。
また、これを機に包茎愛への理解を深めるとともに、貴方様の人生のステップアップに繋がれば幸いと考えております。
あなただけが頼みの皮なのであります!
是非とも!是非ともよろしくお願い申し上げます。
ちなみに、これまでで一番イカついた釣り方は、「私は、憐れな身障者ですので男の情けが欲しい!ください!」みたいなメールを受けたときだ。
仮に、これに引っ掛かってしまった男性がいて、そのあまりにも哀しい気持ちを想像してしまったのと、ゆえに許せない卑劣さに、腹が立った次第。
スパムも、どうせ流すなら、こういう楽しいのがいいな。
2007年11月13日(火)
「不都合な真実」のDVDを見た。
おー!面白い。
意外といっては失礼だが、かなり面白かった。
映画の形式は、銀幕を用いた2時間のプレゼンテーションによる政策の広報あるいは選挙演説だ。しかし、映画として発表している以上、これは映画だ。
映画として実に面白い。胸躍る世紀末近未来SFだ。
五島勉の「ノストラダムスの大予言」を読んだ時の背徳的なドキドキ感を思い出した。
地球温暖化が現実に迫り来る恐怖、ドキドキ。これは21世紀の世紀末ロマンだ。
映画の形式としては、異質な部類だと思う。多少の色付けはあるが、実際のゴアの講演をフィルムに収めて、そのまま上映したもののように見える。
それで映画として成立させてるからすごい。逆に、講演以外の場面が邪魔に思えるくらいだ。生の講演ではない映画館において、観客の興味を引き付ける腕力はスゲエと思った。
ゴアのプレゼンは、上手すぎる。
ただし、ボクなんか今さら言うまでもないが、この映画の環境問題に関する情報そのものは、フィルター無しに受け入れてはいけない。
ゴアの話の進め方には、かなり詭弁が目立つ。
インパクトのある映像をつなげてイメージを操作しているようにも思える。
また、「懐疑派」などと仮想敵を持ち出して、観客を自分側に引き込もうとする当り、性根の嫌らしさを感じる。
実際、本作には科学的な間違いが9点指摘されている。ボクも一箇所だけ間違いに気付いた。結構、初歩的なことだった。
しかし、繰り返すが、これは映画だ。話の転がし方自体は、すごく上手いので、詭弁を受け入れて素直にお話に乗っかると、上質の終末感を堪能できて楽しい。
さて、本作を見て少し考えさせられた。
アメリカ人ってのははたして、馬鹿なのか、能天気なのか、頭いいのか。全部当てはまるんじゃないかって、本作を見てて思った。
自説が絶対正義であることを前提に主張を行う、アメリカ人特有の厚かましさ。
ボクは、この精神性に殺意さえ感じることがしばしばあるが、なんだか彼等はこの辺の精神性によるところの欺瞞とか矛盾とか、喋る方も聞く方も分かりきってて、議論の観点では日本人のはるか上空を行ってるような気がしてきた。
それから、能天気なほどの楽観主義。これはアメリカ人の美徳だと思う。
本作の結びがすごい。ゴアは、こんな感じのような言葉で締める。
「後世において、この時代の我々は、人類史上における未曾有の危機を偉大な勇気と行動力で切り抜けた!と称えられるだろう。」
これまでの詭弁やら言いたい放題ひっくるめて全て納得させ得る素晴らしいファンタジーで締めくくった言葉だ。
見事だと思う。
ボクは、世紀末の虚無感にひたって、何もしないでダラけている方が楽で好きだが、残念ながらゴアの主張の大筋は現実で、尻に火がついてるのは事実なのだ。この言葉があったからこそ、本作の主張は、詭弁も含めひとまずは納得できる。
以下、ボクが知るところの参考図書。
「ニュートン」2007年8月号
地球温暖化の特集記事で、いろんな角度からの検証をしっかり分かりやすく紹介していた。ものすごく賢い人が上手にまとめた良い号。
本作よりこの本を読む方が、ずっとよい理解が得られると思う。
「エントロピーの法則」著者:ジェレミーリフキン 訳者:竹内均
熱力学の第2法則の観点から、将来の科学文明の有り方を示した本。
結構古い本だが、説いているのは原理原則で普遍性があるので問題ない。
環境問題の根っこがよく分かる良書。環境意識は強いが、どうにも文系な奥様方に是非とも読んでほしい。
2007年12月20日(木)
ちょっと油断すると、あっというまに時間が過ぎてしまう。
さて、今日は業田良家のお話について。
さいきん、「ゴーダ哲学堂」を買って読んだ。
本書は、短編の連続物語といった形式で、読み進めるにつれて、文字通り作者の
哲学や人生観が伝わってくる。
本書を手にした読者は、きっと、いろいろと感じ入ったり、考えさせられたりする機
会を得ることになるだろう。
また、あまり固いこと抜きにしても、お話がSF的でおもしろい。とくに読後感がとても
良い。
怖い話、良い話、哀しい話など盛りだくさんだが、どのお話も底には慈愛があって、
じわっとくる。
「空気人形」はたいへんにエロく、美しい。
哺乳類の話は泣かす。
かつて、「自虐の詩」を読んだ際に、ボクは嗚咽をもらし、むせび泣いてしまったわ
けだが、本書はその先にある何かを訴えている。
ただし、最後のくだりから後書きにかけては、本当に「哲学」といった考察を深く掘り
下げて行っており、それを情熱的と見るか、うざったいと見るかは意見の分かれる
ところだろう。
本作については、最後まで物語に乗せて伝えて、読者が自分で気付くような形をつら
ぬいた方が、完成度は高まったと思う。
ボクは、作者の本気の気持ちが伝わる作品については、あまり完成度とか良し悪し
で捉える気にはなれないので、ありのままに受け入れる次第。
2007年12月23日(日)
原恵一監督の「河童のクゥと夏休み」絵コンテ集を買った。
おっさん、かっこいい。男の中の男だ。
おっさんの男気に、種を超えた友情と尊敬を覚えるわい。
それと、菊池は、なんでこんなに色気があるんだ?
「うわぁ菊池、うざッ!!」とか、男子にまざって言いてえー。(それは犯罪。)
この分厚い絵コンテ集は、なんとたったの4200円だ。
原監督の心に触れられるのだから、安いもん・・・だぜ。
2007年12月24日(月)
ツタヤで「ドラミちゃん ハロー恐竜キッズ」を借りて見た。原恵一祭り。
あぁ・・たしかにこれは原監督だ。らしい演出と丁寧さ。
でも、ちょっと正面から感動を訴えすぎてて、くさくて恥ずかしくて照れちゃって、
ボクには合わなかったの、テヘッ。
ネットで調べたら、原監督は、もう1本ドラミちゃんをやってるんですな。今度は
それを見よう。
夜は、クリスマスということで、「スノーマン」「チャーリーブラウンのクリスマス」
「雪だるまのとけない夢」(はれときどきぶた)を見た。アニメ三昧。
2007年12月29日(土)
愚兄から借りてきたマンガ各種を読む。
「化け猫あんずちゃん」 いましろたかし
「犬ガンダム」 唐沢なおき
「ヒストリエ」 岩明 均
「雀賢者 ポッチカリロ」 片山まさゆき
「ゴッドアーム」 作画 桑田次郎、原作 梶原一騎
「一杯の魂」3巻 作画 大泉孝之介、原作 武内 伸
ポッチカリロが意外におもしろかった。
雀賢者ポッチカリロが、スピリチュアルな理論に依りながらも麻雀の本質を貫く打ち
方でもって、麻雀界にはびこるズルい打ち手、巧さに頼るうちに歪んでしまった打ち
手を打ち倒していく、そんな痛快物語だ。読んでて楽しい。
おっぱいパブに毎日通う姿がよい。
本作に限らず、片山まさゆきの麻雀マンガは面白い。
パッと見コミカルなのと、麻雀の展開を単純にしているため、中身も幼稚と勘違い
されるかもしれないが、それは絶対に違うと言いたい。
片山まさゆきが描く、軸になる闘牌シーンは奥深く、実に見応えがあるのだ。
片山まさゆきほど、麻雀の本質を抽象化できる作家を、ボクは知らない。
ヒストリエ。なるほど、人気あるわけだ。おもしろい。因果という言葉を痛烈に感じる。
ゴッドアーム。桑田次郎、素敵だ。そして梶原マジックの妙味。
人知を超えた展開にめまいを起こすこと必至の超原作。
ゲバルト博士のかっこよさにメロメロだ。
そして、総統のお言葉に泣け。
「美しいもの!すこやかなもの!あかるいもの! すべてめざわり!われらの敵!」
いっひー。
一杯の魂。 げえッ!金平じゃねえか!
器用貧乏を地で行き、毎度毎度、無意味に作風を変えてくるのが金平のイメージだ
ろうが、彼は独自の絵を確立している。だから、パッと本を開いてすぐに分かった。
本作は、成功したラーメン屋の店主を取り上げたドキュメンタリーで、読み物的な
いわゆる”仕事”としての漫画だ。
金平らしい、誠実で丁寧な仕事で、安心して読み進めることができる。
金平守人の真摯な創作姿勢は、こういうドキュメンタリーであるとか、ハウトゥー本の
ような仕事としての漫画でこそ活きるのかもしれない。
もっともっと彼のクズ漫画を読んでいたいが、どんな形でも、金平が仕事にありつい
てる姿を見るのは、うれしい。
2007年12月31日(月)
みそかの格闘技イベントは、毎年それなりに楽しみに見ているが、今年はどうなん
だろう・・・。目立たない序列の試合は結構よいが、メインがぱっとしない。
すっと意識が落ちてるうちに、ヒョードルの試合がいつのまにか終わってた。うーん。
そして、ハッスルは、実にさむい。こうした興行を取り上げてくれるテレビ東京様の心
意気には大感謝だが、ハッスルのような純プロレスは年末に合わないと思った。
とまれ皆さま、良いお年をお迎えください。
2008年2月19日(火)
コロコロコミックで絶賛連載中の
「推理の星くん」(作者
せいの奈々)
が、只今、おもしろくってたまらない。
ので、単行本1〜5卷を買った。良いです、推理の星くん。
ところで、ずっとこのタイトルを「推理の星」だと思ってた。実は、”くん”が付く。語呂的に勘違いしやすいタイトルですな、年寄りには・・・ごほごほ。
実に、まっすぐで気持ちのよい推理モノです。
トリックの質は、もしかしたらミステリーファンには浅く物足りないものなのかもしれないけど、対象年齢である子供には、しっかりとミステリーのカタルシスが伝わることでしょう。
謎は、状況を整理して紹介する。
答えは、明快に示す。
とても分かりやすい。トリックの提示の仕方が、親切です。
そして、読んでいて安心感がある。
主人公の決めセリフである、「ピカンときたぜ!」は、一休さんの”ポクポク
ポク・・・チーン”のよう。作りが安定しているので、一休さん並の安心感を持って作品に接することができる。
謎を解いてから、テンポよく一気に解決まで流れるのが、読んでいて気持ちがよい。
さらに、軸となるメインストーリーをよどみなく進めつつ、毎回トリックの山場を用意して、一話完結としてもおもしろく読ませてくれる。
すばらしい。構成は、かなり上手い。
絵とキャラも魅力的だ。
モノトーンを基調とした色使い。ベタを多く使い、影が強調されるのが印象的で、鳥山あきらというより、コンタロウの「1・2のアッホ」を思い出す。
キャラに関しては、主人公のライバルにいい味だしてるやつが多い。
推理そっちのけで強運だけで勝負するレイン。(一歩間違うとギャグになるか、物語が壊れてしまう怖いキャラだ。)
超童顔の35歳、天才のスノーフスキー。(かわいい。主人公以上に彼の推理の動向が気になってしまう。)
単行本の作者のコメントによると、ミステリーの企画で連載を始めたのは編集側の意向で、それまでミステリーに全くうとかったという。
だからこそか、トリックの原案担当は別にいるようだが、門外漢ゆえに幼稚であることを恐れない。そして、子供だましに逃げない。(子供だましは大人には効くが、子供には通用しないものだ。)素直に正面から作品に取り組んでいる。
ふつう、こういう企画は好きなやつに描かせた方が良いのだが、本作は門外漢であることが良い方に働いた珍しい例だ。
きっと、ひたむきで知ったかぶりをしない作者の人間性からなる賜物なのだろう。
作者の性格といえば、単行本の空きページにキャラクターの設定表があって、各キャラのプロフィールが細かに、例えば、好きな食べ物とか、苦手なものとか書いてあった。こういうのって漫画に直接関係ないが、決めておくとキャラクターに血がかよって動かしやすくなるので、これを作る作家は多いと聞く。しばしば作者自身が投影されるとも聞く。
その設定表で、ヒロインである月子のプロフィールに、”苦手なもの:こわい人”とあった。
ピカンときたぜ!月子の設定は11歳。なら、どうして、”いじわるな子”や”乱暴な子”といった意見にならない!?
「こわい人」と答えるのは、それなりの経験を積んだ女性だけだ。間違いない、月子は作者が投影されている。すごい生々しい。
2008年7月6日(日)
すごいひさびさに日記を書きます。どうも、ごぶさたしてます。
犯罪にも手を染めずに、なんとかやっております。
コンビニでちょこちょこ出始めてきたラズウェル細木の「酒の細道」が、最近すこし嬉しかったり、
「深夜食堂」がなんとなく好きだったり、ラジバンダリ。
映画では、3ヶ月くらい前に、「魔法にかけられて」を見て、すごく楽しかった。
本日は、マッハGOGOGO!!の実写版「スピードレーサー」を見に行きました。
2時間、楽しく過ごせました。かっこいー!しびれるぜー(死語)!
やっぱり、車の底の所から例のアレが出てジャンプしたりとか、トゲトゲのついた鉄球がボンネットから飛び出たりとか、ホイールからドリルが出たりとか、そういうのが車ってもんだよね。本来、カーレースとはそういうものなんですよね。
素敵でしたよ。出来は、まあまあだと思いますよ!?
難を言えば、レギュラーでやたらとはしゃいでいた、エテ公とクソガキ、じゃなかったお猿さんとお子様がずいぶん目障りだったか・・・。
そして、これは絶対に非難として言うわけじゃなくて、CGで極彩色を意識した作り上げた本作の世界観は、マッハGOGOGOではなく、任天堂の傑作レースゲーム「F−ZERO」をモノの見事に映画で再現してみせた、スバラシイ映像である!と、思った次第。
これは、見事なF-ZERO世界ですよ。かっこいいよ。
2008年9月29日(月)
愚兄から、
「大決戦!超ウルトラ8兄弟」をなにがなんでも観ろ!大スクリーンで観ろ!絶対に観ろ!」と、すごい剣幕で迫られた。
いやはや、まあ、それでいちおう観に行った。
でも、うーん・・・シナリオが悪く、シラけてしまって、残念ながら物語に乗れなかったな。
初代マンへの尊敬と感謝の気持ち、そして魂を受け継ぎ、これまでつむいできたウルトラシリーズの素晴らしさを謳った、そうした作り手の気持ちは伝わった。胸が熱くなる場面もいくつかあった。
でも、シナリオが悪い。とても悪い。
“ウルトラマンが僕らに教えてくれた事”を、本作においては、「信じれば夢はかなう。」「夢をあきらめるな。」くらいの意味に捉えていたようだ。それはそれでいい。
問題なのは、夢想、絵空事を信じることが夢を信じることである、と受け止められかねないシナリオになっていることだ。
極端な言い方すると、「昨夜の夢であなたはウルトラマンでした。あなたはウルトラマンです。夢を信じましょう。」的な論理で押し付けられたように感じた。
本作で言う”夢”の意味は、一つは絵空事としての夢、もう一つが職業としての夢だろうか。
何年か前に見たテレビで、大前研一氏が「成りたい職業があって、がんばって目指したけど駄目だったという経験をするのは、素晴らしいことなんですよ。」と言っていた。
ああ、その通りだよなあ、と思った。
夢をかなえることとは、自己実現の為に努力して到達して得る境地であったり、社会の中で何か役割りを果たすことであって、成りたい職業を目指してがんばるのは素晴らしいことだけど、実際にその職業に就けるかどうかはたいした問題じゃない。
“職業としての夢” それ自体に囚われてしまうのは、息苦しい。
ウルトラマンは、もっとおおらかで優しい気持ちを僕らに教えてくれたはずだ。
本作からは、夢の苦しさを押し付けられて、愉快な気持ちではなかった。
あと、これはボクの考えだが、現実世界とウルトラ世界は相性が悪いと思う。
今回、本作では、ウルトラマンや怪獣がいない世界、つまり我々がいる現実世界に怪獣が現れるという設定で、意気込みは買うが、あまりこういう事をやらない方がいいと思った。
素直にウルトラ世界の中でリアルを積み上げていった方が賢明だ。
と、ここまで不満をたらたら並べたてたが、それなりに楽しかった。
特に、次のミライのセリフがよかった。
「ジャック兄さん!
・・・通じませんか? 新マン兄さん! 帰りマン兄さん!」
日比野ミライにもう一度会えたのは、嬉しい。
2008年11月13日(木)
カラスヤサトシの漫画を読んだ。
うーん、おもしろい。気迫みなぎるおもしろさ。これが漫画だよ。
「カラスヤサトシ」1〜3巻、「おのぼり物語」、「萌え道」と読んだが、中でも「カラスヤサトシ」がすばらしくよかった。
内容は、作者の体験や知人から聞いた話などの小エピソードを、四コマに仕立てにしたもの。ひとつひとつのネタは気軽に読んでふつうに笑えるものだが、読み進めるうちに、それらの小さな出来事が重なってきて、一個の人間の営みというものを実感する。
一冊の単行本の情報量がはんぱじゃない。
もし、漫画の売り方がおひねり制だったら、この一冊に五千円くらい包みたいくらいだ。
ベースにあるのは、かみしめるように人生を生きるこの人の感受性と、今現在の孤独やじわじわとした不安。日々戦いながらもくすぶり続ける、そしてスウィングする突き抜けた笑いが、たまらなく良い。
エッセイ的に読者の共感をさそうスタイルを装いつつ、他人とは絶対分かち合えない感覚を堂々とぶつけてくるあたりが、カラスヤサトシの真骨頂ともいうべき独自の表現だと思う。ガシャポンバトルのくだりは衝撃。悶絶して笑った。この面白さと不毛な感覚はドラクエのレベル上げごときではまったくお話にならない。
一巻は特に、神がかりともいえる迫力をみせる。
人生の尊さや哀しみが、まぶしく輝く何かが、じわじわ胸に迫る。
さらっと読み流されがちだが、丹念にネタが練りに練られている。執念を感じるほどに。
名言が多く散りばめられているのも特徴か。ボクが強く感銘を受けた言葉を、本作から一部引用してご紹介する。
私はカレーが好きである。
そこらのカレー好きどもとは一線を画する。
カレーの申し子である私が、カレー食後に言った
カレー史に残る名言である。
ボクが最初にふれたカラスヤサトシの単行本は「おのぼり物語」で、ポトチャリポラパという漫画レビューのサイトと朝日新聞の書評を見て、興味を誘われたためだが、しばらくページをめくって、すぐに手順前後であることを直感した。
「おのぼり物語」は、ムーディーでよいのだが、絶対に「カラスヤサトシ」を先に読むべきだな。
2009年3月11日(水)
「ブラックジャックによろしく」の作者、佐藤秀峰のホームページがドすげえ!
(”佐藤秀峰”でググってくれ。フラッシュが必要で、画像満載でくそ重く、それなりのインタネ環境が必要なので要注意。)
単におもしろい漫画家のホームページどころじゃねえ。個人のホームページとしては、前代未聞の有り様だ。
ふつうホームページなんて余暇に手作りでやるもんだ。漫画家なら特に、そこによさをだそうとする。
それを製作会社に委託して、報酬などないのに金を費やし、まるで企業HPのように、しっかりした土台を作ってまで表現するやつがいる。
そこまでするには訳がある。そう、どうしても表現したいことがあるからだ。世間に訴えたい情念があるからだ。
未報酬のことに、金を費やして土台をつくって、さらにその土台を飛び越えんばかりのソフトを発信する。
前代未聞の有り様だ。
土台は金をかければできるだろう。だが、のせるソフトは、自らの手でしか生み出せない。それがあるから金をかけたとも言えるか。
お手上げだ。ホームページ運営なんざ、はなから誰と勝負するものでもないが、それでも大敗したと大声で言わないとボクの気がすまない。
金で負けるのは当然だが、情念でコールド負けだ。それも、いちばん自信があった陰にこもった暗い情念において大きく負けた。
くすぶってるやつの表現欲が炸裂したホームページなら時折見られるだろう。土台だけしっかりしたホームページなどは腐るほどあるだろう。
だが、この両方を高い次元で成しとげているホームページなどそうそうない。
佐藤秀峰自身は、漫画家のホームページとしては画期的だろうと自負していたが、それどころじゃない。ボクは、佐藤秀峰のホームページに、表現の革命を見た気がしている。
すごい。これがやれる背景にはもちろん佐藤氏に商業誌で執筆する収入があるからだが、未報酬のインターネットという媒体を絶対に軽くとらえていない。読者と直に想いが伝えられる手段として、誰よりも重要に見ている。
第一線で活躍している漫画家として、画期的な行動だ。
カラスヤ