
「ワインビジネス
スーパースター列伝」 原作 猪茂原一騎
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ドリームテイスター(夢の英雄) ロバート・パーカー
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第1章 ブレーキの壊れたテイスター ロバート・パーカー
−1995年 フランスワイン中央市場−
ワーッ!ワーッ!
「まだ評価が出やがらねえのか。くそっ。」
「クッ、パーカーの評価が下るまでは、おちおちワインの取引きもできやしないぜ。
もう三日もこうして突っ立ったままだ。」
「も、もう我慢ならんッ!俺はこのワインが素晴らしいってことが、わかってるんだ。
俺は俺の判断でこのワインの値を付け、仕入れるぜ。」
「よ、よせっ!ギガルのことをもう忘れちまったのか!奴はパーカーの評価が下る前に、
独断でワインを仕入れた。結果どうなったか・・・。」
「う、うぐっ・・・そ、そうだったな。」
「奴が仕入れたワインのパーカーポイントは、0点!価格は泥水以下。大損害を被り、
奴と奴の家族は路頭に迷ったというぜ。」
「ぐぬう・・・。」
「奴だって腕のいいバイヤー(業者)だったんだ。しかしだ、相手が悪かったのさ。
いまやワインの市場価格は、すべてパーカーの評価によって決まっちまう。
・・・俺たちは、黙ってパーカーの評価が下るのを待つしかねえんだ・・・。」
「つ、つくづく恐ろしい男だぜ。ロバート・パーカー。」
「で、でたぞおーッ!パーカーのプリムール(先物)評価がッ!」
「なんだって!」
「ラフィットが100点だッ!マルゴー90点!オーブリオンは、なんと5点だぁーッ。」
ウオォォォーッッッンン!
「くおおーッ!ラフィットを買えるだけ買えーッい!」
「ぐぅぅぅ・・・わしが、わしが丹精こめて造ったワインが、れ・・0点じゃ・・・。
こ、これでは誰もわしのワインを買ってくれん。
ニューイヤーは餅を食べるどころか、年さえも越せんわい・・・うっうぅ・・・。」
ワーッ!ワーッ!
ワイン批評家 ロバート・パーカー(本名:ロバート・M・パーカーJr)
現代ワインの象徴、批評の鬼、万の試飲をする男、等々さまざまな異名を持つ
ワイン界のカリスマである。
彼の一言がワインの価格を左右すると言われており、業者からも生産者からも
恐れられている。
まさにワイン界の巨人といえる人物。
しかし、その経歴は一切が謎に包まれている。
その謎をとくべく、私(猪茂原一騎)はパーカーを取材した。
2004年 ワイン界の大物ロバート・パーカーが緊急来日!
彼は、特別講演にそなえて控え室にいた。
ざっと100銘柄ほどワインがグラスにそそがれ、テーブルの上にズラリとならんでいる。
パーカーは、それを前にして真剣な表情でたたずんでいる。
くわッ!目が見開いた瞬間だった。
「80点!65点!5点!8点!92点!55点!・・・・・・・・・・・・0点!」
ガシャン!
電光石火の早業で次々とテイスティングを行い、最後に0点のワインを床に叩きつけた。
記者たちが取材に集まっていたが、パーカーのあまりの気迫に圧されて控え室のすみにいた。
「な、なんてすごいんだ。このロバート・パーカーってテイスターは!」
「す、すごすぎるぅ〜。」
点数評価が済んだあと、パーカーは口頭でコメントをひとつひとつ喋りだした。
秘書のピエールがそれをノートパソコンに打ち込んでいく。
「こ、これが・・・“万のワインを試飲する男”と呼ばれる所以か。」
ロバート・パーカーこそ、世界最強のテイスターという意見に、私も賛成だ。
彼のテイスティング能力をみると、人間を相手にしている気がしない。
またパーカーは嗅覚が並外れているだけでなく、今までテイスティングした
数十万種類ものワインすべて、つまり、香り、味わい、構成を全部記憶して
いるというからすごい。
名誉ソムリエである江川卓と川島なおみも、わたしとまったく同じ感想で、
「ありゃあ犬の鼻だ。」とこぼしていたほど。
田崎真也(談)
テイスティングがひと通り済み、コメントに目を通しているところを、
一人の記者がおそるおそるパーカーに近づいた。
「ミ、ミスターパーカー。ちょっとインタビューしたいんだけど・・・。」
「ノー!見ての通り、仕事中だ。」
「そ、そりゃ仕事も大事だろうが、今はインタビューの時間枠だし、フアンにあなたを
紹介するのは僕たちマスコミだよ。こっちも大事にしてほしいな。」
「だったら俺もいってやる! 俺が仕事を怠り、下手な批評をするようになっても、
それでもフアンは俺を支持してくれるか?マスコミは取材にくるか?」
「合理主義者なんだから、もう。」
「トッキュウバタケ持ってくるか。消えな!」
このような性格なので、周囲からは偏屈な人間だと思われがちな彼だが、この頑固さも
長年本当にフアンの役に立つことだけを考えて、仕事第一主義でやってきた故の言動である。
実際にはとてもフアンを大切にする男で、彼はランチをご馳走しただけの私(猪茂原一騎)に、
ながながと2時間ものインタビューに応じてくれた。
場所は東京赤坂アントンリブ。
「ははは・・私はCh.ムートンロートシルトをグラスで飲んだことがある程の男で、
日本ワイン界の大物といわれとるがね。
・・・ひとつユーとワインとのめぐりあいを話してくれないか。」
パーカーがワインとどのように出会い、そしてテイスターとなったか。
恐怖の100点法が、いかにして生れたか。
パーカーの謎に迫る。
第2章 父の執念ザ・パーカー
ロバート・パーカー(本名ロバート・M・パーカーJr.)1947年7月23日生まれ、
アメリカ メリーランド州ボルチモア出身。
彼はワインと特に縁のない、ごく普通の家庭で育った。
地元の高校へ入り、大学へと進んだ。
学生時代のパーカーは、弁護士を志す優秀な、しかしどこにでもいる普通の学生だった。
そんな彼が初めてワインに接した時
「うめえ!これがワインってやつか。気にいったぜ。」
初めてワインを口にする者は、大抵の者がまずその強い酸味にとまどうという。
しかし、パーカーはワインという飲み物を一発で気に入り、しかも、
信じがたいことに、そのワインの味わいをすべて表現してみせた。
「リースリングって言うのかい。これ匂いがいいよな、おっと香りって言わないと
いけないのかい。グレープフルーツ、あんず、蜂蜜の香り。ちょっとオレンジの皮
みたいな苦みがあるな。でも、かえって後味が引き締まっていいぜ。」
「パ、パーカー!ほんとうにワインは初めてなのか!? し、しかし、完璧なテイスティングだ。
インクレディブル(信じられない)。」
「へへッ。俺ってガキの頃からやけに舌と鼻だけはいいんだよな。」
この後、パーカーはワインに急激にのめりこんだ。
ワインの仕事に就くのも悪くない・・・そう考えるようになった彼は、ある日両親に相談した。
しかし、彼の両親は大反対。
「ならんッ!!」
「ど、どうしてだい?パパ。」
「酒なんて、そんな野蛮なもの。そんな仕事をさせる為に、お前を大学へやったわけじゃない。
・・・お前は、わしがどれ程の苦労をしてきたか知ってるだろう。
重機のセールスマンだよ、お前。くる日もくる日も、顧客に頭を下げる暗い日々。」
パーカーの父親は、さらに強く訴えた。
「お前こそ紳士にする!それが我がパーカー家の悲願!」
うなだれるパーカーに向かって、両親は呟く。
「・・・それなのに、お前が私に似て鋭い味覚を持って生れるなんて皮肉なことだ。」
「いっそ味覚なんてオンチでよかった。いくら酒の味が分かっても、世間様は決して
紳士とは見ないものね。」
意外かもしれないが、こうした職業に対する格差の意識は、日本よりむしろアメリカのほうが古い。
「も、もういいッ!わかったよ。親子2代に渡る紳士への夢、いや、執念と
僕の真っ直ぐな性分を両立させる職業をちゃんと考えているさ。」
「なんだね、それは?」
「弁護士業だッ!」
「ほほう、弁護士ならまあまあじゃろ。なあ、かあさん。」
「いちおうは先生様ですものね。アメリカ社会と訴訟沙汰は切り離せませんもの。」
パーカーは大学卒業後、司法試験に見事合格し、晴れて弁護士となった。
順風満帆な人生を歩むかに見えた。
しかし・・・
「異議無し!被告は有罪だあッ!」
「き、きみ!私は依頼人だぞ。弁護士が被告の有罪を主張してどうする?」
「弁護する価値のある男か!この野郎、おとなしく罪を認めくされ!」
「お、おまえ本当の馬鹿か?」
持って生れた真正直な性格が災いして、パーカーは反対に依頼人を攻撃することもあった。
敗訴の連続で、貧しい暮らし。
「くそッ、敗訴ばかりで、ちっとも銭にありつけねえ。」
帰りにスーパーマーケットへ寄った彼は、酒類コーナーでワインを手に取り呟いた。
「上級ワインは高い。ジャグワイン(パック入り等の安ワイン)にしておくか・・・。」
収入にとぼしかったパーカーは、節約のためにもっぱらスーパーマーケットで
材料を買いこみ自炊する生活をしていた。
この日の夕食は、パンとジャグワイン。
「今に見ていろ。いつかきっと一流レストランで豪華な食事と特級畑のワインを
思う存分飲み食いできるようになってやる。」
第3章 世紀の大テイスター ロバート・パーカー
涙のしょっぱい味付けでパンをかじった者でなければ、本当の人生に対するファイトは
わかないと言われるが、この頃のパーカーはパンとジャグワイン、よくてヴァンドペイ(地酒)
ばかり飲んでいた。
貧乏な生活だったが、そんな彼に突然春が訪れる。
「素敵な裁判だったわ・・・私、もう夢中になっちゃった。」
学生時代に知り合った彼女、パットと結婚。
貧しいながらも、明るい幸せな毎日が続いた。
ある日のこと。パーカーは自宅で横になり、POWAAAANとしながら、雑誌を眺めていた。
「銭はねえが、はぐれ弁護士はワイン誌でも眺めて気分だけでも高級ワインを味わうとするか。
・・・ふーん、一本が200ドルもするワインか、とても手が出ねえが、いったいどんなワインなんだろう?」
“お・・・おお・お、このワインは大天使ミカエルの柔らかく豊かな白い羽根である。
その諸手には甘く芳ばしいラフランスの果実。そして、勝者に捧げられる月桂樹と
白い花が携えられ・・・・”
GYAAAAAN!!!
「な、なんだ!このコメント!?意味がさっぱりわからねえ。
批評家はイッセートーミネだと!?変態だ!こいつはド変態に間違いねえッ!」
こうした抽象的、文学的な表現を見て、今日の読者はやりすぎ、時代遅れ、変態
と感じるかもしれないが、当時はこのような批評がめずらしくなかった。
ほとんどのワイン誌は、シャトーから裏金を貰ってチョウチン記事を書くことに
熱中しており、意味をなさない抽象表現ばかりがのさばる堕落ぶり。
正当でまともな批評など皆無!
田崎信也(談)
「こ、こんなコメントじゃ、ワインを買う何の参考にもならねえ・・・。
どうすりゃいいってんだ、くそっ!」
激昂して、雑誌をぶち破るパーカー。
大きく息をついて、呟く。
「・・・ふんっ、三流弁護士がいくら嘆いたところで、どうにもなりゃしねえか。
俺の心も、この安物のワインのように衰えていく。」
ふたたびベットに横たわるパーカー。
ふと、頭の中に、稲妻のように、なにかが駆け抜けた。
「!!?まてよッ!俺には、誰にも負けない嗅覚と、裁判で鍛えた表現力があるじゃないか!?
俺のストレート過ぎる表現は法廷じゃあ通用しなかったが、ワイン批評なら!」
ロバートパーカーがワイン批評に目覚めた瞬間であった!
パーカーは、自分の胸の内をワイフにうちあけた。
てっきり大反対されるとおもったが、彼女は喜んで受け入れてくれた。
そして、猛反対していたパーカーの父親も、とうとう・・・
「そうか・・・たしかに子は、親のあやつり人形ではないな・・・。」
パーカーは、自分の宿命で仕方のない選択だったとはいえ、父のこの時の神妙な顔つきを
今でも忘れることができないと述懐している。
ともあれ、ロバートパーカーは果てしないジャングルの道、すなわちワイン批評への道を歩みはじめた。
第4章 超人一番!ロバート・パーカー
パーカーは、世界中のワイナリーを巡り、各地で猛修行を積んだ。
テイスターとして、それなりの知識と実力を身につけたが、ひとつ難問を抱えていた。
テイスティングしたワインを、どのように表現して、フアンに伝えるかである。
既存の批評法のような、抽象表現ばかりで、実践で何の役にも立たぬダンス批評は
論外である。
もっと、本当にフアンの役に立つ実践的な批評法がないものか、修行中から模索を
続けていたが、答えが見つからない。
就寝中にうなされることもあった。
「うぅ・・・寝ても覚めても、頭の中は批評法のことばかり・・・。
抽象表現を避けて、分かりやすい単語で端的にコメントするまでは、いいが・・・
もっと、一発でフアンが理解する批評法はないものか・・・。」
パーカーは、寝床から起きだし、ホテルの冷蔵庫を開け、気晴らしにワインを飲んだ。
これが酷い出来であったため、パーカーは思わずグラスごと腕を壁に叩きつけた。
ドシン!
「じ、地震だあ〜!」
隣の部屋の者こそいい迷惑ではあったが、パーカーがこのとき、無意識に叫んだことは!?
「0点だ!」
パーカーは自分の言葉に唖然とした。そうか、点数評価!
テストなどで馴染みがある、100点満点でワインの品質レベルを評価すれば、誰にでも
一目で分かる。
パーカーはフランスのボルドーへ降り立った。
「ここボルドーは、長い伝統と格式があり、名醸地としてあまりにも名高い産地。
のるかそるか、俺がテイスターとしてやっていけるか、100点法をこの地でため
してやる。」
必殺100点法をひっさげたパーカーは、いきなりボルドーの中でもとりわけ本格派と
いわれるメドック地区のシャトー(醸造所)を巡り、衝撃のデビューを飾った。
「インクレディブル!(信じられない)とフランスのワインフアンは叫んでおります!
なんと、格付けシャトーそれもセカンド(2級)のローザンガシーを0点と酷評!」
「信じられぬことを平然とやってのける超テイスター、ロバート・パーカー登場!」
荒れ狂うパーカー旋風。
「馬小屋臭い上に、ひどく野菜臭い!0点だ!」
「ほげ〜ッ!」
パーカーは、伝統を傘に着るだけで実力が伴わないシャトーを、つぎつぎと撃破した。
聖地ボルドーのなかで、さらに本格派ワインの産地といわれるメドック地区では、
500を超えるシャトーがあり、そのうち約半数の上等なシャトーをクリュ・ブルジョア級、
さらに上等な61のシャトーをグランクリュ・クラッセ(格付け)として厳しくランク付けしている。
この格付け制度、実は現実を反映しているとは言えないのだが、テイスター達は
シャトーに遠慮してずっと正当な批評をしてこなかった。
そこにパーカーが突然、真剣勝負をしかけ、旧態依然とした格付け制度にはじめて風穴を
開けたわけだが、同時に危険な行為でもあった。
この後、シャトー達が卑劣な反撃に出る。
田崎真也(談)
パーカーは、テイスティングのためにサンジュリアン村に訪れた。
しかし・・・
「気の毒だが、お前さんにテイスティングさせるわけにはいかん。パーカー。」
「な、なぜです?」
「格付けシャトーを酷評したのがまずかったな。ローザン・ガシーからパーカーには
絶対にテイスティングさせるなとメドック中のシャトーに連絡がきとる。
我々シャトー同士は、お互いの利益を守るために、こういうときは団結するのさ。
つまり、ひとつのシャトーとケンカすることは、メドック中のシャトーを敵にまわすのと
同然なのだ。」
「・・・わ、わかりました。」
パーカーは、他のシャトーもまわったが、
「帰んなッ! ローザン・ガシーは2級格付けのシャトーだッ。
あんな大物とケンカするとは大馬鹿野郎だぜ。」
どこへ行っても返事は同じだった。
「ローザン・ガシーにかみついたやつだ。わしにもかみつかんという保証はない。
失せろ!」
どんなに実力があっても、テイスティングを取り上げられては、テイスター業はお手上げ。
「ローザン・ガシーの野郎。たたっ殺してやりてえ・・。」
仕事を奪われたパーカーはアメリカへ帰り、ふたたび弁護士業を始めた。
同業者である他のテイスター連中は、このことに大喜び。
「ワッハハハ!」
「やはりパーカーめ。つぶれたぞ!」
「いい気味だ!」
「あいつには、アメリカで離婚訴訟の弁護でもやってるのがお似合いなのさ。」
シャトーから裏金を貰い、チョウチン記事を書くのを生業としている彼等にとっても、
真っ当な批評を行うパーカーの存在は、目の上のたんこぶだったのだ。
ワインには実力だけではなく、夢、ロマンも必要であり、わが田崎プロデュースの
ワインも、実力プラス”夢”を発散する!
実力だけで済まぬところが、複雑なワイン事情であり、セメント(真剣試飲)を望む
パーカーが、たちまちボルドーを追放されてしまったのは、ある意味で必然の結果
だったといえる。
しかし、パーカーはこれで諦めたわけではなかった。
その後、アメリカに戻ったパーカーがたどる道を見てみよう。
田崎真也(談)
第5章 100点法がゆくザ・パーカー
地元アメリカに戻ったパーカーは、弁護士業のかたわら、自費でワインを買い集め
ひそかにテイスティングを続けていた。
その一方で、表舞台にいる大手ワイン誌のライター達は・・・
「もうけッ!もうけッ!」
「こんなに裏金でガッポリ儲かる商売はない。」
「おまけに、シャトーを訪問すれば、テイスティング用と称して、車のトランクに
入りきれんほど高級ワインを提供してくれるとくる。」
華やかなうえに、裏金でふところがうるおう極上の商売であった。
表世界のライター達とは異なり、パーカーはゴミ収集作業よりも卑しい
離婚訴訟といった裁判で生計を立てていた。
賞賛を受けることもなければ、銭にもならない、孤独なテイスティングの日々。
しかし、パーカー自身は・・
「俺は落ちぶれたともおもわん。」
人にはそれぞれ生き方があり、主義と道がある。
ロバート・パーカーは、あくまでも超人的なワイン批評を追求していた。
そして、とうとう1978年。
パーカーは、自ら立ち上げたワイン誌「ザ・ワイン・アドヴォケイト」を発刊!
発行部数わずか500部からのスタートであった。
ああ・・・この零細誌がやがて世界中に大ブームを引き起こすとは、
いったい誰が想像しただろうか・・・。
ある日、パーカーがサッカーボールをリフティングしているとき、ひとりの若者が訪れた。
「あのう、先生はサッカーもおやりになるので・・・。」
「ふむ、こうみえても昔はサッカー少年でな。サッカー三段。弁護士初段。金もうけ、四(し)らん!」
「うふっ。」
「ところで、なんの用?」
「お願いがあって参りました。私は今までワインに関して多少の知識はあると
うぬぼれておりましたが、先生の実践的ワイン批評を見て、自分の未熟さを
思い知りました。ぜひ私に先生の批評法をご教授していただけないでしょうか!」
彼の名はピエール・アントアン・ロヴァニ。
パーカーの秘書であり、後にアドヴォケイト誌のブルゴーニュ部門を担当することになる。
「よかろう。月謝無しの入門を許そう。」
徐々にではあるが、パーカーの廻りに味方、理解者が増えつつあった。
部数は着々と伸びていく。
フアンの視点に立ちフアンの立場で書かれたアドヴォケイト誌を、ワインフアンは熱烈に支持した。
「乱暴だろうがなんだろうが、とにかくパーカーの批評はすごい!」
「パーカー、最高!」
「パーカー、しびれるうッ!」
「パーカー、好き好きッ!」
パーカーは、誌面を通じてワイン批評を続けていたが、けっして有名な産地ばかりを
とりあげていたわけではない。逆に他のテイスターがまったく相手にしなかった、
産地や生産者を積極的にとりあげた。
その代表例がボルドー右岸である。
今日でこそ、右岸といえば、そのなめらかな味わいが人気の品種メルローの最適地
として高値で取り引きされている産地であるが、この当時はメドックより、ぐんと格が
劣る地区とみなされ、専門家にはまったく評価されていなかった。
そのボルドー右岸のサンテミリオンにおいて、ある無名のワインに、パーカーが
突然、90点をつけた。
アドヴォケイト誌は、まだ少ない部数ながらも、専門家で知らぬ者はいないと言われるほど
業界筋では有名になっていたので、生産者はびっくり。
「う、うちの畑のブドウが、これだけのポテンシャルを持っているなんて、お、俺自身が信じられん。」
ぼうぜんとする生産者の前に、ひとりの男が現れた。
「まちな!貴様か、テュヌヴァンとかいうケチな野郎は。」
「これは売れっ子醸造コンサルタントのミシェル・ロランさん。
俺のような貧乏百姓になんの御用で?」
「ふん。昨日までは用がなかったが、貴様へのパーカーの批評を見たら、この俺が指導してやらんでもない。」
フライングワインメーカー(空飛ぶワイン醸造家)、すなわち秋季は北半球のヨーロッパで
ワインを造り、春季でも南半球へ行きワイン造りを行うという、ワイン造りにとりつかれた男、
ミシェル・ロランである。
彼は、すぐさまパーカーの批評の尻馬に乗り、時流にあわせたワイン造りを始めた。
「俺の教えどおり栽培しろ!遅摘みして熟したブドウを作れ!樽香を引き出し、
もっと濃さを強調しろ!名前もサンテミリオンがどうこうなんて、ややこしいのはやめちまえ!
これからは、シャトー・ド・ヴァランドローだ!」
私は正直言って、ミシェル・ロランという人物を、人間的にも醸造コンサルタントとしても
評価しない。たしかに売れっ子醸造家にせよ、目立ちたがり屋で、売ることしか考えず
浮ついたワインばかりを造る。
ただし、地味だった右岸の生産者達に、現代的な魅せるワイン造りを教えた点だけは認める。
田崎信也(談)
パーカーの批評に加えて、さらにロランの演出により、人気と実力を手にいれた
ヴァランドローは、あっというまに一流ワインへのしあがった。
このヴァランドローのように、無名のワインが突然スターとなったワインを
シンデレラワインと呼ばれるが、生産者の誰にでも成功するチャンスが生れたのは、
「あるのは実力のみ!」と、すべてのワインを分けへだてなく批評するパーカーが
登場したためである。
また、パーカーには、コートロティに目を付けたのをきっかけに、これまであまり注目
されてなかったローヌ地方全域の可能性を掘り起こし、銘産地として発展させたという
功績がある。
第6章 万の試飲をする男ロバート・パーカー
ボルドーのシャトー達は、パーカー対策を講じるべく緊急総会を開催した。
権威と伝統を盾に、談合して市場価格を決めてきた彼等にとって、外国人である
パーカーに自由に正当な批評をされるのは困るのだ。
会議室にて、
「パーカーをなんとかしろッ!」
「奴が伝統的な格付けを無視して批評をするものだから、これまで市場を自由に
支配してきた、我らボルドーの権威をフアンが疑い始めとる。」
「要は、パーカーなんて馬の骨は、取るに足らんテイスターだと世間に思わせればいい。
誰か生きのいいテイスターをぶっつけてテイスティング勝負をさせたらどうだ!」
「賛成!」
「しかし、パーカーを倒せる程の実力者となると、残念だがざらにいないのも事実!」
「そうだ。あの男はどうだ!?」
「そうか、あの男か!」
「あの男なら・・フフフ。」
この、だらシャト(だらけたシャトー)連中の闇会議により、パーカー潰しの刺客として
遣わされるテイスターとは?
1983年。ある大物テイスターが緊急来仏。
ある大物テイスターとは、故あってマスターオブワイン協会の超大物としか言えないのだが、
ここでは仮にミスターXと呼ぶことにしよう。
ミスターXが空港に到着すると、大勢のマスコミが待ち受けていた。
「なんだ、このオーバーな騒ぎは? 俺はイギリスからフランスまで、
ほんのスモールビジネス(小さな仕事)をやりに来ただけだぜ。」
記者のひとりが質問をする。
「パーカーとの対決がスモールビジネスですか? 現在おそらく最強のアメリカ人
テイスターはパーカーですよ。」
ミスターXは、質問した記者のあごに手を添えて、ひと嗅ぎした。
「・・・君はさっきまで、のどが渇いておったな。10分程前にアップルジュースを飲んだ。
まるで手で握りつぶしたかのような粗い味で、いいジュースではないようだな。」
なんと、この大物テイスターは記者の胃腔からただよう微かな香りを嗅ぎとっていた。
「す、すさまじい嗅覚!こ、この嗅覚ならさすがのパーカーも今度こそ墓場行きか!?」
「オフコース(そのとおり)。それがパーカーとかいう白豚の運命だ。」
ミスターXとパーカーは、1982年ヴィンテージ(収穫年)のボルドーの評価をめぐって対立した。
パーカーは次のように評価。
「’82年のボルドーはベリーストロング(素晴らしく良い出来)だ。
フアンは今のうち買えるだけ買ったほうがいい。」
一方、ミスターXは、
「グハーハッハッハ!パーカーとかってチンピラはこの暑さでトチ狂ったようだな。
なーにがグレートヴィンテージだ。’82年はただの平年以下。
そうよ、豚のひき肉だぜ。」
しかし、パーカーのこの予言は的中!
‘82のボルドーは、世紀のヴィンテージ(収穫年)となった。
この事件を機に、パーカーは一躍、超一流テイスターの仲間入りを果たし、名声を不動のものとした。
それにしても、ミスターXはあまりにもあっけなく敗れたため、業界筋ではニセ者だった
という噂まで流れたが、真相を知る者はいない。
そして、1985年。
パーカーは、名著「ボルドー」を出版。
これは、8千を超えるといわれるボルドー中の生産者をほぼ精査した大著である。
この書籍において、パーカーは既存の格付け制度を真っ向から批判!
パーカー独自の視点からなる新しい格付けを示した。
批評誌であるアドヴォケイトも、順調に部数が伸びていった。
「す、すいぶん売れたなあ、ピエールよ。かるく5万部だぞ。」
パーカー潰しに失敗したダラシャト(だらけたシャトー)連中は、歯ぎしりしてくやしがるのみ。
この頃から、パーカーの評価が市場に大きく影響を与えるようになる。
ある日、ブルゴーニュの大物ネゴシアン(酒商)、アルベール
ビショーが、パーカーに面会を求めてきた。
「俺のワインに100点を付けてくれれば、千ドルの裏金をくれてやるがどうかな?」
「そういう話はおことわりする。」
「後悔することになるぜ。
おまえは、よそものだから知るまいが、俺の後援者にはフランスの大臣クラスの
大物政治家がついてる。」
「政治とテイスティングは関係ないでしょう。失礼!」
ところが、おおいに関係があった。
八百長を断られたビショーは、パーカーにその実力どおりに低い点数を付けられ、
名誉毀損と営業妨害で裁判に訴えたのだ。
「裁判長!評論、批評の自由を知らんのか!」
「なんだとッ!裁判長を侮辱すると、有罪にするぞ!」
なんとか訴えを退けたものの、これを機にパーカーはブルゴーニュを追放されてしまう。
以来、パーカーにはずっと訴訟がつきまとい続け、その状況は現在においても変わっていない。
しかし、パーカーの超人的強さは、テイスティング能力も去ることながら、タフ(不死身)な点にあるといっていい。
「ガーハッハッハ!だらドメ(だらけた生産者)をぶっ潰しての裁判沙汰は不名誉じゃねえ!
俺の流儀じゃ完全な勝ちよ!」
現在のロバートパーカーの極悪な面の皮は、この時のきびしい裁判によって刻まれたものだ。
さて、時代はすこしさかのぼるが、1976年にワイン業界を震撼せしめた
大事件が起こっていた。
パリ・テイスティング対決!
すなわち、アメリカのカリフォルニアワイン対フランスのボルドーワインという
異種格闘技戦が開催されたのである。
当然、伝統と格式で勝るボルドーが圧勝すると、誰しも思っていたが・・・。
WUAAAANNNNN!!!
「ボルドーが負ける!?」
「2世紀以上も富裕層を独占した銘醸地のワインが。し、信じられん!」
重厚かつ冷涼、圧倒的な力強さを持つカリフォルニアワインの台頭により、
本格派ワインの産地として名高いボルドーが圧倒された。
結果は、誰もが予想しなかったアメリカ側の圧倒的な勝利!
しかしフランス側は、
「そ、その判定は認めーん!」
判定を不服として猛烈な抗議。
「我がフランスのボルドーは熟成してこそ真価を発揮する。しかしアメリカ側は
ことごとく若飲みタイプのワインを揃えとる。あまりにも不公平ゆえノーコンテスト
(無効試飲)とする。」
アメリカの代表格、スタッグス・リープの生産者はフランス側の反論に対して、
「そうくると思ったぜ。もとより不毛なワイン勝負で、勝利の証がほしかった
わけじゃねえ。これで満足よ!」
ガシャン!
5大シャトーがひとつCh.ラフィット・ロートシルトを床に叩きつけた。
「ふん!今、てめえらは熟成の味わいこそフランスワインの強みと言ったが、
では、今回のワインを熟成させてから、もういちど勝負するかね?」
「よ、よかろう。我々は王者の権利として、アメリカ側にリベンジマッチを要求する!」
「ぐふふふ・・伝統に敬意を表して少しは顔を立ててやろうと思ったが、
そっちがその気ならいくらでもケンカに応じるぜ。」
・・・・この対決から30年後にあたる2006年。
この勝負のリベンジマッチが行われた。
勝負するワインの銘柄は前回と全く同じ。ただし、今度は双方とも30年間熟成させたワインを用いて。
「ふふふ・・・ワインを貯蔵させて飲むことを考えだした奴に感謝するぜ。
ボルドーは若いうちに飲まれると渋くて苦手だが、長く置いて落ち着かせればボルドーの天下!」
ところが・・・あぁ、ボルドーフアンはおろか、カリフォルニアフアンにさえ
信じられぬ結果に終わっている。
「過去へ飛んでけ!過去のワインめ!」
「ほげーッ!!!」
なんと、カリフォルニアがまたも圧倒的な強さでボルドーを返り討ち。
さらにこの対決の模様がイギリスBBCにおいて大々的に放映された。
「テレビ局のバカ、バカ、バカ野郎!カリフォルニアワインがどんな危険な
潜在能力を持ってるか、よく調べもせんと放映しちまいやがって!」
負けた場合は、シラを切って噂が絶えるのを待とうと考えていたフランスの
ワイン関係者達はテレビを見て大慌て!
さすがのフランス人も、この結果には呆れかえった。
「ふん・・・あのバカ。自分で仕掛けた対決で自滅してやがらあ。」
「愛国主義だったけど、もうフランスワイン飲むのやーめた!」
フランスでは国内のワイン需要が急速に衰えていった。
もっとも、新世界ワイン(ヨーロッパ以外のアメリカ、オーストラリア、チリといった
新興国のワイン)だけはバカ売れするようになったが。
フランスの農務相は、
「も、もう・・・フランスワインの世界制覇は・・・断念せざるをえん!うぅ・・。」
フランス政府は、これを機にブドウ畑の減反政策を打ち出すこととなる。
余ったワインがあまりにも多い為、アルコールを抽出して燃料として再利用を
行うという体たらく。
これも伝統という名の既得権益に、いつまでもしがみついてきたツケが廻ってきたといえる。
第7章 東洋の神秘!タザキ
パーカーは、パリの超一流レストラン「タイユバン」に来店した。
大著「ボルドー」の出版と、テイスターとしてそれなりに認められた節目を祝う意味で、
若き修行時代からずっと願っていた、超一流レストランでのディナーを、自らに一席
もうけたのである。
さすがにタイユバンこそ、格式高い名店だけあって、豪華絢爛かつ落ち着いた雰囲気である。
しかし、運悪く、この日は店内に騒がしい客がいた。
「わかっとるじゃないか、お前ら!気に入った。そーれ、チップじゃーッ!」
きらびやかな女性を引き連れて、札束をばらまいている中年の男性客だった。
ソムリエが、その客をたしなめにはいるが、客は聞く耳を持とうとしない。
逆にソムリエに何か難くせをつけている様子であった。
パーカーは自分の席から遠目に様子をうかがっている。
騒々しいその客は、テーブルの上にドンとワインを置いた。
「ひっひっひ、100年物のポートワインよ。東洋から来たソムリエとやら、こいつを
抜栓してみな。ただし!コルクのかけら一つでも中に落とすようなことがあれば、
全額弁償してもらうぜ。」
長期間ワインを熟成させる場合、通常は定期的にコルクの差し替え作業を行う
ものだが、このワインにはそれがなされておらず、いまにもくずれそうな程ぼろぼろ
のコルクであった。
周りの客が、ささやく。
「TAZAKIってのも、もう終わりだ。」
「奴ににらまれてただで済んだソムリエはいない。」
しかし、そのTAZAKIと呼ばれるソムリエは、ひどく落ち着いている。
彼はしずかにボトルの正面に立ち、低く腰をおとし、目を伏せた。
「やる気か?言っとくが熱したペンチでボトルの首ごと焼き取るってのは無しだぜ。」
ソムリエがゆっくりと息をはいた、その瞬間だった。
ビシュッ!
一瞬の後・・・テーブルの上には、首部分を失ったボトルが、つまり見事に
抜栓されたワインがあった。
同時に、ボトルの首部分とおぼしき物体が飛びだし、給仕長がナプキンで
もって冷静にそれを受け止めていた。
秘技ワイン瓶切り!
パーカーは驚愕した。
「ううっ・・ただのワイン瓶切りじゃねえ!ボトル本体は微動だにもせず、首部分のみを
切り取るとは、す、すさまじい技もあるもの。・・・こ、これは、東洋の神秘カラテ?」
静寂につつまれるホール。ソムリエの声だけが響いた。
「失礼いたします。」
グラスにワインがそそがれ、ソムリエが一礼してさがる。
先ほどまで騒がしかったその客は、怯えた様子で震えている。
やがて、拍手がなりはじめ、声援があがった。
「いいぞお!トーキョーから来たソムリエ!」
「弁償を恐れぬ度胸もいいぞ!」
ホールが盛大な拍手でつつまれた。
「あのTAZAKIっていうソムリエ、若いが技も接客も超一流・・・。」
TAZAKI・・つまり、修行時代の田崎真也のことであるが、さすがパーカーの眼力は、
後にソムリエ世界一となる田崎真也の実力をこの時すでに見抜いていた。
実はこの場に居合わせていたと、後にパーカーから聞かされたときには、私は
おおいに驚くと同時に、いささか気恥ずかしくおもったものだ。
さて、このワイン瓶切りという技は、数ある接客技術の中でも最高難度とされるが、
たしかに身につけるのに20年、素質のある者で10年の修行が最低限必要!
しかも極度の集中力を要する危険な技である。
私の場合は、この技を使うと脇の下にジンマシンがあらわれ、酷い疲労感
(仕事中はおくびにも出さないが)に襲われた。
現在ではこの技を使える者はおらず、私自身も今では封印している。
フアンの皆さんは、私に会ってもこの技をせがまんでくれたまえ。はははは。
田崎真也(談)
第8章 批評の鬼 ロバート・パーカー
パーカーは、新世界ワインの旗手である、母国アメリカへ戻っていた。
ガレージワインを批評するためである。
ガレージワイン(カルトワインと呼ばれることもあるが)とは・・すなわちガレージに
収まるほど少量少生産で、かつ超高品質のワインを指して言われる。
ヨーロッパにおいても10万円を超える高級ワインは存在するが、それは市場で勝手に
値がふくれあがっただけのことで、最上級のワインでも1万円程度の小売値がつけば、
生産者は充分収支に見合うものだ。
そこに、突如アメリカにおいて、10万円以上で売ることを前提にワイン造りを始める者が
現れたのである。
正気の沙汰とは思えない手間暇を掛けた農作業、冒涜ともいえる選定。
ヨーロッパの貴族でさえ求めなかった、超大金持ちのみを相手にした気違いじみた市場が
アメリカにおいて成立したのである。
ガレージワインとは、そうしたワインなのだが・・・パーカーはある醸造所に来ていた。
「むッ・・・ひゃ、100点だ!そ、それにしても、どえらい品質であることよ。」
このパーカーの評価に、生産者はほくそ笑んだ。
「ぐふふふ・・・販促成功!パーカーの批評で箔をつけておき、限定販売にして少しだけ売り出す。
そうして希少価値で値を吊り上げたところで在庫を放出すれば、さらに利益は3倍、4倍・・・。」
インクレディブル(信じられない)な商法を行う醸造所の出現に、ワイン通気取りの金持ちは熱狂して叫んだ。
「す、すげえぞー!スクリーミングイーグル!」
「やつには庶民の財布の厚さ、ふところの痛みを感じる神経が欠けてるんじゃねえのかッ!?」
「陽気に優雅に、ニコニコしながらものすげえ高額で売りつけるあたりが、たまらねえ
スクリーミングイーグルの魅力!」
悪経営者どもの狙いどおり、スクリーミングイーグルの値は希少価値(本当は
そうでもないのだが)から千ドル以上にも跳ね上がり、その後にかくしておいた
在庫を放出し、そのすべてが完売。悪経営者は大もうけをした。
「まったくパーカー先生はカリスマ。いたれりつくせりの批評だぜ〜!ぐっひっひ。」
「インテリ気取りの金持ち連中から、金がガバガバはいってくるけんのお〜!」
パーカーの評価がワイン界でステイタスに成り始めたため、悪経営者がパーカーを
広告塔として利用するようになったのである。
「くそおもしろくもねえッ!」
パーカーは不愉快だった。正当な批評を信条とするパーカーは、ワインの値段が
行き過ぎたものであっても、良いワインであれば公平に批評し、高い点数を与える。
ワインの値頃感やお買い得度については、コメントで補完するのだが・・・
世間にはパーカーの得点だけが独り歩きして伝わってしまう。
いわば、これこそが100点法の欠点なのだが・・・。
パーカーにさらに悲運が訪れる。
ある酒の見本市会場にて。
パーカーは、警備員につかまれて、泣きわめくワインフアンを見かけた。
「許してよお!もう二度としないからさあッ!」
警備員を呼びかけると、
「やあ、これはパーカーさん。こいつらとんでもねえガキでね。業者でもないのに
タダで会場へ入ろうとしてたんでさ。」
「無料試飲か・・・。」
パーカーは思った。
「俺の修行時代の姿そのままだ。俺も貧しく、高級ワインを飲みたい一心で、
業者の振りをして見本市へもぐりこんだことが何度かある。」
フアン達は、パーカーにすがるように泣きながら訴えた。
「パーカーさんが高く評価したワインをどうしても飲みたかったんです!」
「でも、パーカーさんが高い点を付けたワインは値上がりして、手が届かないし・・・」
「僕達、ニートでひきこもりだから、お金がないんです!
お金があったらこんなことしないよッ!信じてよ、パーカーさん!」
「お願い、僕らを軽蔑しないで!相手がパーカーさんじゃ悲しいよッ!」
パーカーは、フアン達の言葉にショックを受けた。
自分が評価したことがワインの値上がりにつながり、フアンを苦しめているとは・・。
パーカーは懐から財布を取り出した。
「さあ、私からのプレゼントだ。この100ドル札で、90ドルの南仏の100点ワインを買い、
残りはチーズでも食べたまえ。」
「わあっ!ありがとう、パーカーさん!」
「夢みたいだ!」
「パーカーさんて、やっぱり僕達が想像していたとおりの人だね。」
フアン達に笑顔で手を振り別れるパーカーであったが、実際はひどく打ちひしがれていた。
フアンのために、フアンの役に立ちたいがために、これまでずっとやってきた批評が、
いまや逆にフアンの財布を苦しめている。
これは残酷な致命傷であった。
さらに、この時の様子を遠くから見ていた不吉な集団があった。
「ケッ!パーカーのキザ野郎が、また人気取りをやってやがる!」
「なんでもアメリカじゃあ、あのやり方で、女、子供にどえらい人気だそうじゃねえか。」
「どうだい?奴を罠に落としめてやるってのは?」
たびかさなる悲運にくわえ、ダラシャト(だらけたシャトー)の悪だくみがパーカーを狙う。
第9章 ワイン賛歌
パーカーは、しばらく休暇をとり、実家へ帰ることにした。
この頃、パーカーの父親はすでに他界しており、実家には母親がひとりで住んでいる。
「親父が死んで、もう7年か・・・。」
パーカー宛の手紙がときどき実家にも届くので、それを受け取りに行くという口実での
帰省だったが、実はパーカーは、自身の仕事を落ち着いて考える時間がほしかった。
母親は、パーカーに会うなり、心中のすべてを悟ったかのような表情を浮かべた。
「ロバート。実はお前に渡すものがあるんだよ。」
棚から取りだしたそれは、膨大な数のフアンレターだった。
見るとかなり日付の古いものもある。
内容は、すべてフアンからの応援や激励の手紙であった。
「お、俺宛の手紙に良いものなんてあったのか!?フアンレターといえば、俺は
悪口雑言、誹謗中傷、カミソリ入りのものだと思ってたぜ・・・。」
「いままでは悪口が書かれたものだけをお前に渡して、お前をほめる良い内容の
手紙は隠していたのさ。」
「な、なんだって!?なぜ、そんなことを!」
「甘えるんじゃないよ、ロバート! 亡き父がお前に言った言葉を覚えてるかい。」
「うッ・・・うぅッ!」
パーカーの脳裏に、亡き父の言葉がよみがえった。
「男を成長させるのは、なまじの味方よりも、すぐれた敵であり、激闘の嵐だあーーッッ!!」
まさに鬼!
母親は話を続けた。
「わかったかい?駆け出しの頃のお前に、この手紙を見せていたらどうなったか。」
「わ、わかる!わかります!
きっと俺は、のぼせあがり、うぬぼれて修行がおろそかになっていた。」
「いまのお前なら、もう大丈夫だろうと思ってね。さあ、手紙を読んでごらん。
きっと、お前の悩みを解決してくれる答えがあるはずだよ。」
「お、おふくろ。俺が今悩んでるって、どうして?」
「ふんッ。母親をなめるんじゃないよ。」
パーカーは、手紙を読み始めた。
手紙には、手放しでパーカーを褒め称える内容のものが多かったが、それだけではなかった。
パーカーは力強いワインを好むが、パーカーと好みが異なる上品系好きなファンからも、
ビバ!(すばらしい)の声があがっていたのだ。
パーカーの表現が単純な言葉でズバリと言ってのけるため、どんな味わいのワインであるか
ともかくはスタイルが分かる、ということ。
八百長を排除し、ひとりで批評を行うため評価が一貫しており、たとえ彼と好みが違えども
ワイン選びの大きな参考になること。
なによりも、大きく外れたワインをつかまされることがなくなったということ。(これは万人に対して言える!)
パーカーは部屋に戻り、ベッドにうつぶせに臥した。
弁護士で失敗続きだったときも、フランスを追放されたときも、弱音ひとつ
吐かなかったパーカーが、初めて、声を殺して、泣いた。
「俺は忘れねえ。フアンが愛してくれるのは強いパーカー。
悪役にされても一生懸命、批評するパーカーだってことを・・・。」
第10章 ワイン貴族 ロバート・パーカー
パーカーは、右岸のシャトー・シュバルブランを訪れていた。
パーカーのシュバルブランに対する評価を不満とする当主から、呼びつけられたためだ。
しかし、実はこれはただの口実で、真の狙いは、見本市会場でシャトー同士が結託して
仕組んだ死の罠にパーカーをはめるためであった。
パーカーがシャトーの扉を開けた瞬間、なんと獰猛なドーベルマンが、パーカーに飛び
掛かってきた。
鋭く獰猛な牙がパーカーの脚に食いこむ。
「ぐわッ!この犬、俺の足をステーキと間違えてやがる。」
ボキリ・・鈍い嫌な音がした。
パーカーは、瀕死の重傷を負いながらも、とっさにドーベルマンの耳をつかんで
仰向けに倒し、腹部に膝を落とした。
ドーベルマンは即死。ようやく難をのがれたが、そのような状況で、パーカーは
なおもテイスティングを要求した。
「ワインだ。ワインッ!この蔵にあるワインをぜーんぶテイスティングしちゃる!」
シュバルブランの当主は、パーカーの気迫におされてワインを差し出した。
テイスティングを行ったパーカーは狼狽した。
「・・ッッッ!!!???」
素晴らしい出来のワイン。なんと、当主の指摘どおり、パーカーの最初の批評は
本当にミスだったのだ。
はじめて失敗して、パーカーが自爆の負け。
「シュバルブランの指摘は正しかった・・・。」
いさぎよく頭を下げるパーカー。
パーカーの気迫にうろたえぎみだった当主は、パーカーの失敗を見るやいなや
鬼の首を取ったがごとく現金に叱責をはじめた。
「むっ!・・・そうだろう。そうだろう。わはははは!」
パーカーは、急ぎ自宅に戻り、怪我の治療も後回しにして、訂正文の執筆に
とりかかった。
このシュバルブランで起きた事件を、今回私が原作者である猪茂原先生に頼んで、
特に詳しく再現してもらったのは、パーカーがあまりにもカッコ良すぎるため、カッコ
だけのテイスターだと知ったかぶりする一部の声もあるが、精神性でも超一流の
テイスターだという事実を伝えたかったのだ。
テイスターは、年に千程度(パーカーの場合は年間1万以上)のテイスティングを行うが、
何本かのミスは絶対にある。
大抵のテイスターは知らんぷりを決めこむものだが、すぐさま自分の失敗を認め、
いさぎよく訂正文の執筆にとりかかるパーカーの姿に、私はまさしく貴族を見た。
田崎真也(談)
パーカーは、早く病院へ行ってほしいという家族の言葉にも耳をかさず、激痛に
耐えながらシュバルブランの訂正文を書いていた。
「大量出血で意識が・・・か、かすむ」
パーカーは訂正文を書き終えると同時に、気を失い倒れ、救急車で病院へ運ばれた。
「せ、先生!なんたる無茶を!」
急ぎ病院へ駆けつけた秘書のピエールは、あらためて仕事の鬼である師匠の偉大さを
知ったが、しかしいくらなんでもパーカーは、ダダっ子みたいに向こう見ずでありすぎた。
本来ならすぐに治療にかかるべきところを、執筆の間、放っておいたため傷口が悪化
していた。
ロバート・パーカーは、もはや再起不能なのか?
病院の前ではパーカーの病室に向かって叫んでいるフアンの姿があった。
「足が治るのを祈ってるよお!」
「ロバート・パーカーは消えるもんかあ!」
第11章 バルチモアの生傷男 ロバート・パーカー
その頃、秘書のピエールが新鋭テイスターとしてデビューしていた。
彼は、パーカーが比較的苦手とする、上品なスタイルのワインが得意で、ブルゴーニュを
専門に批評を行っていた。
早くも彼のフアンが現れ、サインをせがまれている。
「ピエール先生。みんなにサインしてくれて、どうもありがとう!」
「フアンを大切にせよ、というパーカー先生の教えを僕は忠実に守っているだけさ。
じゃあ、これで。」
ピエールがテイスティングルームへ戻ると、松葉杖をついた男がいた。
「パ、パーカー先生!」
「お前に心配をかけまいとおもってな。ついワインの香りが嗅ぎたくなって病院を
抜け出してきた。」
「言ってくれれば病院まで迎えに行ったのに。・・・先生、足の具合は?」
「ピエールよ・・・。ひょっとすると・・・俺は、もう、ダメかもしれん。」
「先生らしくもない。そんな弱音を!」
二人が会話をしているところに、ちょうどテイスティングルームの扉を開け、入って
きた者がいた。
「ちぇ、よりによってこんな時に一番イヤな奴が・・ほら、パーカー先生が売り出しの頃
こてんぱんにやっつけた、グランクリュ協会会長のアントニー・ペランだぜ。」
「ぐふふ・・・ひさしぶりだな、パーカー。」
「本当にひさしぶりだな。元気だったか?」
挨拶を交わす二人だが、ピエールは強く警戒している。
「帰れ!先生が苦しむ姿を見に来たんだろう。とっとと出ていけ!」
「よさんか、ピエール。」
アントニー・ペランは天井を向いて、独り言を話し始めた。
「・・・考えてみれば、俺も様々な利権がからむこの仕事を長年続けてきたから、
しょっちゅう事故にあったっけな。打撲、骨折はザラ。それなのに、なぜいまだに
会長職を続けてられるか?」
「パーカー先生が怪我で苦しんでいるときに、わざわざ自慢話か!
なんてイヤな奴だ!!」
ピエールに強く叱責されながらも、アントニー・ペランは独り言を続ける。
「イタリアのヴェスヴィオ火山、頂上近い西側に、ごくぬるい鉱泉がわいているが・・・
なぜか、これが魔法のように打撲や創傷にはよく効くんだよな。俺は怪我すると
すぐ出かけたっけよ。・・・おっと!
昔やられた宿敵に教えちゃ損だ。あばよ。」
アントニー・ペランは、独り言を終えるとすぐに部屋の扉を閉めて出て行った。
パーカーとピエールは、顔を見合わせる。
「ペランの奴、憎まれ口をききながら、実は俺に教えてくれたんだ。
ヴェスヴィオ火山の鉱泉、ものはためし、俺は行ってみる!」
2週間後。
秘書のピエールが、パーカーの様子を伺いにヴェスヴィオ火山へ向かった。
ピエールは、パーカーの姿を見かけて声をかけた。
「パーカー先生!あれから2週間たつけど、具合はいかがですか?
・・・どうせペランの奴のデタラメ、」
パーカーは、ピエールの言葉をさえぎるように立ち上がって言った。
「ペランは嘘を言わなかった。」
やや足元がぐらつくものの、見事に直立している。かなり回復している様子であった。
「自分でも信じられない回復ぶりだ。ここ何日かは、松葉杖なしでも中腹の山小屋
までなら、なんとか歩いていけるんだ。」
さらに二週間が過ぎた。
もしこの世にワインの神がいるのならば、その神はパーカーを見捨てなかった。
奇跡が起ころうとしていた。
ピエールは、ふたたびパーカーの様子を伺いに来た。
山の中腹付近で、パーカーは岩場に座っていた。
「パーカー先生。・・あれから怪我の具合はどうなりましたか?」
おそるおそる尋ねるピエール。パーカーは押し黙ったまま。
「ま、まさか、怪我が悪化したのでは?」
パーカーは、すっくと立ち上がると、岩場の上からジャンプした。
バッ、パッ、パッ、クルッ!
軽やかな身のこなしで、前方回転宙返りを繰り返しながら、岩場をつたい降りていく。
スタッ!
パーカーは、ピエールの目の前に降り立った。
パーカーは、宙返りの途中でいつのまにか抜栓していたワインをひと嗅ぎし、岩場に
グラスを叩きつけて叫んだ。
「0点!」
完全回復であった。
「おおっ!神様!あなたに感謝しますッ!」
「グランクリュ協会会長アントニー・ペランの友情にも・・・な。」
私もソムリエとして、そしてプロモーターとして体験してきた事実だが・・・
テイスティングルームにおいて、歯に衣着せぬ物言いで悪役にされる者ほど、
普段はむしろ紳士、いいやつが多い。
逆に、名前はあげぬが、誉め言葉ばかり並べる善玉に、実は計算高くて、
イヤなキザ野郎が少なくない。・・・フアンの夢を壊したくはないが。
田崎真也(談)
第12章 文明のテイスター ロバート・パーカー
復活を果たした、ロバート・パーカーは、ますます大暴れ!
「ブルゴーニュ」「ローヌ渓谷とプロヴァンスのワイン」「ワイン・バイヤーズ・ガイド」
「ローヌ渓谷のワイン」「ボルドー(91年改訂版)」などの名著を、次々と世に送り出した。
そして、1993年。
パーカーは、とうとうフランス政府から認められた。
「いただきだ。フランス二大叙勲のひとつ、メリット勲章ってやつを。」
ミッテラン大統領から直々に授与されようとしたが・・・
「そ、その叙勲はみとめーん!」
フランスワイン協会の幹部が、授与式の会場で突如異議を申し立てた。
「奴はワイン文化の伝統を心の底から憎む悪魔だ。叙勲は認められんッ!」
しかし、ミッテラン大統領は一喝。
「シャラーップ(だまれ)!パーカーが無名の生産者や産地をとりあげて発展させた
功績を忘れたか。このミッテラン式ルールでは、パーカーの叙勲は立派に成立する!」
「サンキュー。ミスタープレジデント!」
まさに、向かうところ敵無しであり、パーカーのカリスマ性はいや増すばかり。
とりわけ、パーカーの批評が市場へ与える影響はすさまじかった。
その影響力の大きさから、今度は専門家から批判の矢おもてにたたされる機会が
ふえてきた。
たとえば、この頃、ジャパンでは。
第4次ワインブームが到来しており、漫画「ソムリエ」がヒットを飛ばしていた。
「よくやったぞ、ホリ!そら、ソムリエの監修権は君のものだ。」
「サンキュー城さん!」
この堀賢一氏こそ、まさしく日本を代表するワインライターであるが、パーカーについて
こう述べている。
「あの人の批評は何度も読んでますけどね。
点数評価はワインの批評としては欠点だらけですよ。
ぼくはワインに上下など決め付けず、ねちっこく文章だけで批評しますよ。」
帰国間際のジャンシス・ロビンソン女史は、このように答えている。
「ホリという坊やは忘れてやせんか?
パーカーは、点数評価以外にもコメントでワインの特徴をはっきりと分かりやすい言葉で
表わす。しかも一人ですべて批評しているため、評価に一貫性があり、パーカーと好みが
合わない者にとっても、おおいに参考となりうる。
100点法?あれはフアンサービスで、分かりやすいように目安として付けてるだけさ。」
パーカーにしてみれば、「そ、そんな市場への影響など、俺の知ったことか。」
というのが本音だろうが、本人はけしてほえず、強がらないが、問題にもしない。
罠の仕掛けも手が込んできた。
「えーッ!映画!」
ある時、パーカーに映画出演の依頼が舞いこんだ。
フランスワイン協会の幹部どもは、もはやまともなテイスティング勝負ではパーカーに勝てぬ、
と悟ってか、今度はメディアを利用した作戦に出たのだ。
映画監督ジョナサン・ノシター。
元ソムリエという触れ込みで自ら映画会社へ売り込みに行き、強引に監督権を獲得した男。
「パーカー!お前にワイン業界をいいようにはさせんぜ!・・・なぜって?フランスワイン協会が
俺に約束してくれた特別ボーナスがフイになっちまうからさ。」
この映画、表向きこそ、現代ワイン事情の問題点を斬るという触れ込みのものだったが、
実はパーカーを狙ったプロパガンダ映画であった。
ともあれ、撮影は順調に進み、我らがパーカーは熱演を奮った。
悪巧みはさておき、パーカーの名演技にノシター監督は大満足。
「一流テイスターは、ワインの個性を強烈に表現することがうまいので、例外なく映画スターの素質がある。」
そして、映画「モンドヴィーノ」が、全世界に向けて一斉公開された。
しかし・・・・
地方のある映画館での出来事だったが、
「ちぇッ。5人もはいっておらんな。いつもとくらべても酷すぎる。これではやっても
電気代もでないし、仕事が終わってもステーキも食えん。やるだけ損だ。」
閑散とした館内。オーナーが客の入りの悪さを嘆いていた。
「おい、マネージャー。客に金は返すから上映は中止すると伝えてくれ。」
「ちゅ、中止するんですか、オーナー!?」
「ああ、中止だ、中止! 中止すれば従業員に支払うギャラもその分たすかる。」
「い、いわれてみれば。・・・ああ鳴り物入りで公開したモンドヴィーノも落ちるところまで落ちた。」
館内にアナウンスが流れる。
「えー、誠に残念ではございますが、このたびはあまりにも入場者数が少ないため、上映を
中止といたします。なお、入場料は・・・」
しかし、当然のことながら、観客は猛反発。
「な、なんだとう!?」
「あまり手前勝手なことぬかすな!客が多かろうと少なかろうと、それはそっちの都合!」
「やれ、やれー!やらねえと館内は冷房で寒いから、焚き火をしてあったまるぞ。」
映画館は全焼した。
映画「モンドヴィーノ」、公開されるやいなや、世界中で居眠り、暴動、続出!
がっくりと肩を落とすフランスワイン協会の幹部たち。
「ううっ・・ノシターの奴、ちょっとだけ裏金を製作費にまわして、マシな映画を作るくらいの
芸当はできねえのか。」
映画の出来もひどかったが、一部のマスコミは、それでもこの映画をだしにしてパーカーを
攻めたてた。
「ね、ちゃーんと調べたんスから。あなたの批評がワインの多様性を否定して、価値観を
ひとつに集約させているって。いいかげん、認めたらどうです?」
パーカーは涼しげに答えた。
「うふふ。たしかに私は私の価値観にのっとってワインを批評するし点数もつける。
しかし、映画でも文学でも、評論家は自由に批評するし、作品に点数を付けるライター
だっている。それでもフアンは批評を自分なりに受けとめている。
どうしてワイン界だけが違うんです?」
「い、いわれてみれば!」
「ひょっとすると、ワインの多様性に影響を与えているのは、ワインスペクテイター誌
かもしれないし、イギリスのデキャンター誌かもしれない。辛口批評で知られるフランス
のクラスマン誌などぴったりでは?」
パーカーは、記者たちから半身に背を向け、片手をあげた。
「では、テイスティングルームが待っているので。」
ワイン界をとりまく二重三重の謎。
いや、三重四重の謎を残して、パーカーはその場を離れた。
最終章 ドリームテイスター(夢の英雄) ロバート・パーカー
ある日のこと。ワイン業界が仰天するニュースが流れた。
「手遅れでした・・・ハートアタック(心臓発作)です。」
なんと、パーカーがレストランで突然倒れて、死亡したというのだが。
しかし、実はこれはジョーク!
パーカーが、食事中に倒れたというのは本当だったが・・・
「あーら、えっさっさー!!」
師匠が亡くなったと早合点した秘書のピエールが、パーカーの背中をかかえて踊りだす
というハプニングこそあったものの、ただの食あたりであり、数日で退院できて、いまは
元気そのもの。
いま、ロバート・パーカーは心身ともに絶頂だ!
さらに月日は流れ・・・20xx年。
ワイン批評の世界もいよいよ成熟してきた。
アドヴォケイト以外にも、正当な批評を行うワイン誌が次々発行されるようになり、
またパーカーとは視点が異なる個性的なライターが続々と現れてきた。
「パーカーポイントだけがワインの全てではない。」
いまやワイン界の合言葉だ。
また、フアンの見方も変わっていった。
「すげえ!神の雫でオーパスワン以上の品質といわれたワインが4千円だとよ!
・・・ん?おめえ、こんなすげえワインがちっとも興味ねえって顔してるな。」
「まあね!だってさ、神の雫で取り上げられる一般向けのワインって、なんとなく
うさん臭いじゃない?」
「な、なんだと!このガキが、生意気な〜。」
「パパは、単純でハッピーだよ。」
「へへっ。あんがいおめえは酒を見抜く目があるぜ。
まあ、こんなドサまわりのネットショップじゃ仕方ねえがな。」
フアンは、自由に、自分の好みに忠実に、正直に、ワインを選ぶようになった。
そう。まるで、フアンのひとりひとり、みんなが、ロバート・パーカーであるかのように。
市場は、パーカーの批評によって、必要以上に影響を受けることはなくなっていた。
まさしくパーカーが望んでいた世界であった。
パーカーは、愛弟子のピエールにしみじみと語った。
「ピエール。いまこの瞬間、私はワイン界で勝ったのだよ。」
ピエールは、目に涙を浮かべながら、師匠をまっすぐ見据えて、力強くこたえた。
「そうですッ!パーカー先生!」
・・・あなたこそ、最後の勝利者でした。
―完―
あとがき というか言い訳・・あとかえって伝わりにくかったパーカーという人物について
(07/1/23UP)
[参考図書・WEBサイト]
・ワイン情報総合サイト「バリックヴィル」
「ロバート・パーカーの話」 http://barriqueville.com/index.htm
・上記サイトの有料メールマガジン。
・「瞬のワイン」(集英社) 著者:志水
三喜郎、城 アラキ
・上記図書内コラム「ワインの自由」 著者:堀賢一
・「世界のワイン」 著者:ヒュージョンソン、ジャンシスロビンソン
そして、我が心の漫画である、
・「プロレススーパースター列伝」(小学館) 原作:梶原一騎 作画:原田久仁信
「柔道賛歌」と「男の星座」も若干だが含むぜ。グフフ。
ちゃんと情報源が残っとるから、ネットカフェで調べてみろ。
(文責:猪茂原一騎)
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